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4月9日 自己抗体により1型糖尿病の発症が遅れる(4月7日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年4月9日
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1型糖尿病は典型的な自己免疫病で、膵臓のベータ細胞の自己抗原に対するT細胞による細胞障害や、炎症により、β細胞が失われる病気だ。ただ細胞性免疫だけで無く、総合的な自己に対する反応が起こっていることは、発症の随分前からインシュリンやGAD65に対する自己抗体が検出されるケースがあり、T細胞と共に、ベータ細胞が失われる過程に関わるのではと考えられてきた。それなのに、「自己抗体により1型糖尿病の発症が遅れるとは、何かの間違いではないか」と思われた人も多いのではないだろうか。

今日紹介するミネソタ大学からの論文は、自己抗体にも病気にとって良い自己抗体があり、SerpinB13に対する自己抗体はなんと1型糖尿病の発症を遅らせる可能性があることを示した研究で4月7日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「SerpinB13 antibodies promote β cell development and resistance to type 1 diabetes (SerpinB13 に対する自己抗体はβ細胞発生と1型糖尿病への抵抗性を獲得させる)」だ。

SerpinB13はタンパク分解酵素カテプシンL の阻害分子で、組織中のプロテアーゼを阻害して組織損傷の広がりを止め、また臓器発生を一定のレベルで抑えることにも関わることがわかっている。このグループがなぜ膵臓のβ細胞とSerpinB13の関係に注目したのかはよくわからなかったが、膵臓発生にこの分子の関与があるかどうかを調べるため、マウスの12日齢の胎児膵臓を培養し、これにSerpinB13を添加する実験を行い、期待通り膵臓の内分泌細胞の発生が強く抑制されること、逆にSerpinB13に対する抗体を同じ培養系に加えると、内分泌細胞の数が倍になることを発見する。すなわち、SerpinB13は膵臓の内分泌細胞への分化を阻害すること、SerpinB13自身も膵臓で発現することで、内分泌細胞への分化を調節していることを示している。

次に、実際の発生過程でも同じことが見られるか、妊娠マウスにSerpinB13抗体を投与して胎児の膵臓発生を調べると、内分泌細胞が16日目で増加し、インシュリン分泌細胞の数も50%ほど増加する。

さらにストレプトゾトシンによるβ細胞の障害からの組織修復過程にSerpinB13に対する抗体の効果を調べると、インシュリン分泌細胞の数が増加している。また、抗体処理をした母親から生まれたマウスでは、膵臓の内分泌細胞、特にベータ細胞が増加しており、ストレプトゾトシンによるベータ細胞数の低下を抑えることができる。

そこで、SerpinB13の内分泌細胞分化への阻害効果のメカニズムを調べると、膵臓の内分泌細胞への分化を抑制するNotchシグナルがSerpinB13により調節されることで、内分泌細胞の過剰分化が抑えられており、SerpinB13に対する抗体はこの抑制を外すことがわかった。

ここまでは、SerpinB13の機能を制御して、うまくいけば膵臓β細胞数を操作できるかもという期待で終わるのだが、この論文では最後に驚くべき結果が示される。すなわち、SerpinB13に対しては自己抗体を持っている人がかなりの割合で見られ、1型糖尿病発症前から経過を観察して、1型糖尿病発症の予防手段を探るコホート集団でみると、リスクが高いほどSerpinB13に対する自己抗体が低い。そして、7年後の経過を見ると、SerpinB13に対する自己抗体を保有している人ほど糖尿病の発症が遅れることが明らかになった。実際に、自己抗体がSerpinB13のプロテアーゼ阻害効果を抑えることも確認しており、実験モデルと同じ役割で、1型糖尿病の発症を抑えていると考えられる。

結果は以上で、最後のデータをまとめると、何らかのきっかけでSerpinB13に対する自己抗体ができると、それまで抑えられていた内分泌細胞への分化が誘導され、失われたβ細胞を補ってくれるという結論になる。

これまで、発症前の1型糖尿病治療は、免疫系を抑えることだけと考えてきたが、免疫系が再生を助けることもあるのだと知り、本当に感動した。

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