ドゥシャンヌ型筋ジストロフィーは筋繊維と膜外の細胞骨格を結合している分子複合体の中核になるディストロフィン遺伝子の変異により、筋肉線維と細胞膜が障害されることで、筋肉が進行的に変性する病気だ。私が卒業したての頃は、若くしてなくなる疾患だったが、最近は呼吸管理もしっかりできるようになり、生存期間は伸びている。それでも、横隔膜筋肉や、心筋に病気が進展するため、寿命は短い。現在、一部の変異には、エクソンを飛ばす遺伝子治療や筋肉幹細胞移植が期待されているが、まだ開発段階といっていい。
今日紹介するスイス・ローザンヌにあるEPFLからの論文は、ドゥシャンヌ型の筋ジストロフィー(DM)ではミトコンドリアを分解して新陳代謝を高めるオートファジーが低下しており、これを抑えるウロリチンにより病気の進行を遅らせられることをモデル動物で示した研究で4月7日号Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Urolithin A improves muscle function by inducing mitophagy in muscular dystrophy(ウロリチンAは筋ジストロフィーのマイトファジーを誘導して筋肉機能を改善する)」だ。
この論文では、DMの発症後、あるいは発症前の患者さんの筋肉の遺伝子発現を調べると、ミトコンドリアを分解して再生するプロセス、マイトファジーに関わる分子セットが低下していることの発見から始まっている。外野からDMを見ると、どうしてもディストロフィン遺伝子自体に目がいって、背景にある筋肉が変性する細胞学的過程を忘れてしまいがちだが、それでもなぜこのようなことがこれまでわからなかったのかと不思議に思えるほど納得の現象だ。しかも、発症前の筋肉でも見られることから、ジストロフィンの変異により、DMでは初期からマイトファジーの低下が見られることになる。
幸い、マイトファジーを活性化する天然成分ウロリチンA(UA)が、人間に投与すると老化した筋肉のミトコンドリア活性を高めることを、同じグループはNature Metabolismに発表している(Nature Metabolism, VOL 1 , JUNE 2019,595–603 )に発表しており、早速この薬剤をDMモデル動物で試している。
最初に線虫を用いてUAが確かにマイトファジーを活性化し、ジストロフィン欠損線虫の筋肉機能を改善することを確認した後、モデルマウスにUAを投与する実験を行い、PINK1などのマイトファジー分子のレベルが高まり、ミトコンドリアの数が増え、代謝活性が高まり、細胞学的にも生理学的にも、筋肉が活性化されることを明らかにした。
重要なのは、治療により筋肉幹細胞も正常化し、細胞のリニューアルも高まる点で、ミトコンドリア機能改善を通した筋肉自体の機能改善と、細胞のリニューアルの両方を通してDMを改善できることを示している。
最後に、人間のDMにより近いと考えられるジストロフィンとutrophinの両方の分子がノックアウトされたマウスにUA投与実験を行い、25%程度ではあるが、寿命の改善も見られることを示している。
もともとウロリチンAは植物の持つタンニンの一種から腸内細菌により合成される分子で、このグループによりヒトにも投与する研究が行われており、利用へのハードルは低いと思う。ただ、病気の性格上、長期効果を調べる必要があるとすると、実用化までの時間は長くかかることになる。サロゲートマーカーをうまく使うなど、治験の仕組みも見直す必要がある気がするが、思いがけない朗報の気がする。