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4月30日 自閉症児のマスク着用を促すプログラム(自閉症の科学44)

2021年4月30日
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連休のstay homeを利用して、新型コロナウイルスパンデミックで、コロナ論文を読む時間が増えた結果、乱れてしまった生活のリズムをもとに戻そうと試みている。その手始めに、一年中断していた「自閉症の科学」論文紹介を始めることにした。ゲノム研究などでは紹介したい論文も集まってきたので、連休中に紹介しようと思っているが、急速に深刻度を増す新型コロナウイルス感染状況を考え、まず自閉症児のマスク着用について発表された論文を紹介することにした。

イギリス型、南アフリカ型と呼ばれている変異ウイルスが蔓延し始め、今回のパンデミックは新しいステージに入ったように思う。特に、ウイルスの感染性を調べる実験から、変異型ウイルスは、細胞への入り口になるACE2により強く結合することがわかっており、入り口が少ないため感染自体が起こりにくかった児童への感染が、多数見られるようになってきた。当然自閉症児にも同じ危険が迫ってきている。その意味で、一般児が行っている日常の新しいルーチンは自閉症児にも習慣づけることが重要になる。

気になって「自閉症」と「マスク」でグーグル検索を行うと、自閉症など発達障害によってマスクの着用が難しいことを周りの人は理解すべきだと言う、「自閉症児の困難を理解しよう」と言う記事がほとんどで、マスクを着けてもらうための具体的な対策について述べた記事はほとんど見つからない。

具体的対策が示されている記事として見つけることができたのは、ノースカロライナ大学の作成した自閉症児支援法を訳したPDFを掲載している大阪大学のサイト(http://www.med.osaka-u.ac.jp/pub/kokoro/pdf/for%20Parents.pdf)だけだった。ただ、この記事もマスク着用については、

休校明けの学校ではマスクの着用が求められるようですね。マスクがいやというお子さんも多いです。なぜお子さんがマスクを嫌がっているでしょうか?もしマスクのにおいを嫌がっているようであれば、洗える布マスクの方がおすすめです。マスク用の香りづけスプレーもあります。耳にかけるゴムが痛いという方には、マスクのゴムを耳にかけるような商品もあります。もし手に入らなければ、クリップを使ってマスクのゴムを首にかける方法もあるようです。調べてみてくださいね。(上記サイトPDFより引用)

と書かれているだけで、マスク着用を日常に取り入れると言う点で、アドバイスとしては弱い気がする。大事なのは、日常生活で自閉症児をできるだけ感染から守ることで、自閉症児の問題を理解するだけでは不十分だ。必要なのは、マスクを着用して外出できるようにするプログラムだ。

そこで、論文検索サイトで同じようにASDとface maskでサーチすると、今年に入って3篇の論文が同じJournal of Applied Behavior Analysisに発表されていることがわかった。

読んでみると、科学的な治験というより、マスク着用を促すためのプログラムを作成して、数人の自閉症児で確かめてみた観察研究だ。行動学の専門用語が多く、門外漢の私には理解不足の点も多いが、なんとか自閉症児にもマスク着用を促したいと言う強い気持ちが伝わってきた。

もちろんマスク着用のためのプログラム自体は全く思いつきで作られたわけではない。自閉症児に医療上の必要から心電図モニターを持続的に装着してもらう目的で既に使われてきた行動強化のためのプログラムを基礎に考案されたものだ。いずれにせよ、パンデミックが始まって1年以上経過してようやくこのようなプログラムが発表されたことから、簡単な作業でないことがわかる。

3篇の論文だが、まず最初にSilvermanらがマスク着用を促せるプログラムを発表し(図1)、

図1 Silverman論文。(オランダ、ベルギー、ニュージーランド共同論文)

続く2篇(図2、3)は、基本的にこの論文の結果の再現性を確認した論文になっている。そこで、全てを紹介することはやめてSilverman論文のプログラムだけを紹介しておく。

図2 Lillie論文 (米国アイオワPier自閉症センター)

図3 Halbur論文(ネブラスカ大学、ウィスコンシンマーケット大学)

この研究では、マスク着用が難しい六人の自閉症児とその介護者に、リモートで指示を与えながら、論文のTable2で示されたプログラム(図4)を全てのステップが連続してうまくいくようになるまで根気よく続けている。

各ステップを説明した英語は難解な文章ではないので、おそらく皆さんに理解していただけると思うが、念のため訳しておく。

図4 マスク着用を促すためのプログラム。

Table 2の訳

  • マスクを子供の周り30cm以内に5秒待つ。
  • 次にマスクを子供の周り15cm以内に近づけ5秒待つ。
  • マスクの紐に触る。
  • マスクの紐をつかむ。
  • 紐を一方の耳にかける。
  • マスクのもう一方の紐を片手、あるいは両手で引っ張って、もう一方の耳にかけてフィットさせる。
  • マスクの上についているアジャスターを押したり引っ張ったりして、鼻にアジャストさせる。(ここは介護者がやり方を教える必要がある)
  • マスクをかけた後少なくとも3秒待つ。
  • マスクをかけた後少なくとも5秒待つ。
  • マスクをかけた後少なくとも10秒待つ。
  • マスクをかけた後少なくとも30秒待つ。
  • マスクをかけた後少なくとも60秒待つ。
  • マスクをかけた後少なくとも150秒待つ。
  • マスクをかけた後少なくとも5分待つ。
  • マスクをかけた後少なくとも10分待つ。
  • マスクを外す。

マスクを着ける過程を本当に細かく分解して、根気よく教えると言うプログラムになっている。このような建て付けの行動強化の意味については、専門家の解説を聞きたいところだ。

当然、それぞれのステップができたときには、子供の好きなおもちゃなどを提供し、行動を強化することも行っている。具体的には、「マスクを着けよう」と声をかけて、ステップごとに励ましながら指導するが、うまくいかないとまた最初に戻ると言うことを繰り返している。セッションの間、低酸素にならないかなど、身体的状態はしっかりモニターしており、特に問題は起こっていない。

結果だが、子供ごとに拒否行動を起こすステップは異なっているが、最終的には全員ステップ15までやり遂げている。

他の2篇も、例えば好きなマスクを選ばせる過程を入れたり、フェースシールドも加えたり、よくできた時にはおもちゃだけでなく好きなお菓子を提供して行動を強化したり、あるいは間違った行動を抑制する操作を加えたり(escape extinctionと行動学では呼ばれている)など、いくつかの改変は加えていても、基本はSilverman論文とほぼ同じプログラムを採用しており、同じように参加者全員が10ー15分マスク着用を許容することができている。

もちろんこの10ー15分間のマスク着用がそのまま次の段階、すなわち外出時や学校でのマスク着用の許容につながっていくのかは示されていない。たかだか15分のために、これほど努力する必要はないと言う意見もあるだろう。しかし、学童も含め世界中がマスク着用をルーチンにしている以上、自閉症児についても社会の一員として、なんとかこのルーチンを守ってもらおうとする努力に私は感心した。

今回示されたプログラムは、やはり専門家の指導に基づいて進める必要があると思う。いずれの論文も、両親を含む介護者とリモートでコミュニケーションを図りながらプログラムを進めているので、多くの子供に同時にプログラムを受けてもら得る可能性がある。我が国でも、自閉症児の行動についての専門家から、同じようなプログラムが発信されることを期待したい。

本題からは外れるが、以前、自閉症児は、人の顔を見るとき、目よりも口を注視すると言うことを示した論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/686 、およびhttps://aasj.jp/news/watch/753)。これから考えると、マスク着用がルーチンになった現在、自閉症児はマスクを着用した人の顔にどう反応しているのか理解することは重要だ。是非我が国の行動学者も、自閉症とマスクの様々な問題について、検討を進めて欲しいと思う。

4月30日 瘢痕化のない傷の修復(4月23日号 Science 掲載論文)

2021年4月30日
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どんな生物でも外界から障害を受ける危険に晒されている。障害によって生じた損傷を治すのが、再生過程で、爬虫類に至るまで失われた元の組織を再生する能力を有している。ところが、私たち哺乳動物となると、このような能力はほとんど失われている。代わりに、線維芽細胞中心の修復が行われるため、元どおりの組織が回復されることができなくなっている。

なぜ進化過程でこのような修復方法が選ばれたのか理解できていないが、現役時代に設立に当たった、京大の再生研や、神戸理研の発生再生科学総合研究センターの一つの目標は、私たちに正常な組織を再生させる能力を取り戻す方法の開発だった。ただ、線維芽細胞中心の修復が起こりやすい哺乳動物では、まずこの過程を抑えることが重要になる。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、マウスモデルではあるがいわゆる瘢痕化として知られる線維芽細胞中心の修復機構を理解し、それをコントロールする目的に一歩迫った重要な研究で、4月23日号のScienceに掲載された。タイトルは「Preventing Engrailed-1 activation in fibroblasts yields wound regeneration without scarring (線維芽細胞のEngrail-1活性化を抑えることで瘢痕化のない皮膚再生が可能になる)」だ。

このグループは、皮膚損傷により転写因子Engrail1(Eng)が線維芽細胞で発現し、コラーゲンなどのマトリックスを分泌する細胞へと再プログラムされることで、瘢痕が形成されることを示してきた。この研究では、皮膚でEngが活性化するとGFPタンパク質が発現するようにしたマウスを用いて、

  • 損傷部位でEngが活性化した線維芽細胞が特異的に増殖し、瘢痕を形成する。これらの再プログラム過程のほとんどは、Engにより誘導される。
  • Engが活性化される線維芽細胞は、皮膚深部のreticular層に存在しており、機械的な刺激により活性化される。活性化されると、胎児で見られる線維芽細胞と同じ性質を示す。
  • 機械刺激は、Yapシグナル経路を介してEngを活性化する。
  • Yapシグナル阻害剤verteporfinを損傷部位に注射すると、Engの活性化が抑えられ、瘢痕化が起こらない。この結果、修復された皮膚には、正常と同じ毛根の形成が行われ、ほぼ元どおりの皮膚が再生する。
  • 同じことは、線維芽細胞でYapをノックアウトしたマウスでも見られる。また、Engを活性化した線維芽細胞をジフテリアトキシンで除去できるノックインマウスでも同じように瘢痕化は起こらず、元どおりの皮膚が回復する。

以上が結果で、マウスではあるが瘢痕化に関わる主役の線維芽細胞を特定し、この細胞の刺激を抑制することで、線維芽細胞中心から、再生中心の損傷治癒が可能であることを示しており、人間でどうかは今後の問題だが、瘢痕化のないしかも毛根の再生が見られる損傷治癒の可能性を示した画期的な結果だと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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