メカニズムは完全に解明されたわけではないが、先日紹介した若年性ALSは、スフィンゴリピッド合成が上昇したことで、おそらくインフラマゾームなどが関与する自然炎症が起こり、神経変性が起こると想像できる。というのも、よく似た神経変性疾患、adrenoleukodystrophy (X-ALD)が存在するからだ。X-ALDはペリオキソゾーム膜にあって、極めて長い脂肪酸を輸送するABCトランスポーター遺伝子の変異により起こる病気で、通常ゆっくりと進行している途中で、何らかのヒットがあると脳全体制御不能な炎症がおこり、脱ミエリン化が誘導され、急速に死に至る病気だ。現在のところ、血液幹細胞移植で炎症を軽減する試みがあるが、根本的な治療ではない。
最近この病気を、武田薬品によってインシュリン抵抗性を改善するために開発されたPPARγ活性化剤ピオグリタゾンの誘導剤で治療する試みが行われている。今日紹介するスペインの製薬企業Minoryxからの論文は、ピオグリタゾンの脳内移行を高めた誘導体レリグリタゾンで、ALDだけでなく、炎症が関わる脳の変性疾患を抑えられないか調べた前臨床研究で、6月2日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「The brain penetrant PPARγ agonist leriglitazone restores multiple altered pathways in models of X-linked adrenoleukodystrophy(脳内に移行するPPARγ活性化剤レリグリタゾンはX-染色体連鎖adrenoleukodystrophyのモデルの様々な経路を正常化できる)」だ。
PPARγは複数の内因性のリガンドにより活性化される転写因子で、代謝からガンや炎症まで多くの細胞機能に関わっている。この研究では、試験管内で炭素が26以上並んだ脂肪酸に暴露したときに起こる細胞障害が、レリグリタゾン添加により、活性酸素産生が低下し、NFkB経路の活動が抑えられ、またインフラマゾーム経路の最終産物IL1β分泌も抑制することを示している。すなわち、細胞レベルでもレリグリタゾンが変性を抑えることを示している。
次にマウスモデルを用いて効果を調べると、神経細胞だけでなく、炎症細胞自体の転写も変化させることで、炎症も強く抑えることを示している。さらに面白いことに、血液単球の血管内皮への接着も強く抑制できることも示している。重要なことは、炎症がなくとも、レリグリタゾン自体が十分脳血管関門を超えて、脳内で作用することで、抗炎症作用を含む様々な効果を期待でき、ALDのみならず、他の病気の治療にも利用できる可能性が出てきた。
これを確かめるため、自己免疫反応による多発性硬化症モデルマウスに投与すると、脱髄を強く抑え、症状も改善できることを示している。
すなわち、マウスモデルを用いて、PPARγ活性化により、神経自体の変性のみならず、脳内炎症全体を抑えることが示された。
これを人間で確かめる意味で、患者さんから提供されたマクロファージのTNF産生が、レリグリタゾンで軽減すること、また血管内皮細胞株への接着も低下することなどが示されている。
最後に健常人を用いた第1相試験を行い、レリグリタゾンが脳内に移行し、髄液の炎症性サイトカインを低下させ、血中のアディポネクチンを上昇させる効果があることを確認している。
実際には、レリグリタゾンの第2相以降の治験は現在進行中で、結果が分かり次第発表されるだろう。ただ、ALDでの結果だけでなく、炎症が病気を悪化させることがわかっているほとんどの変性性疾患、例えばALSやアルツハイマー病などにも今後使われていくような予感がしている。おそらく一般の人にはわかりにくい論文紹介だったと思うが、神経変性疾患共通の問題を解決してくれるのではと期待している。