Konrad BaslerがMycを導入した細胞が他の細胞との増殖競争で勝者になることを示したのは20年近く前だが、最近細胞競合はホットなトピックスになっている。これは競合に関わる分子が明らかにされ始めたためで、例えば、皮膚上皮のヘミデスモゾーム分子Col17Aの発現量に依存するニッチの取り合いから勝者と敗者が決まるという西村さんたちの研究は、老化の細胞動態を見事に説明した。
今日紹介する英国のCancer Research UK Beatson研究所からの論文は、腸の発ガンに関わるApc分子の欠損により、他の細胞を抑えて欠損細胞増殖が高まる競合に、Wnt分子を脱アシル化する酵素Notumが関わることを示した論文で、6月2日Natureにオンライン出版された。タイトルは「NOTUM from Apc-mutant cells biases clonal competition to initiate cancer (Apc変異細胞から分泌されるNotumはクローン間の競合に影響して発ガン過程を開始させる)」だ。
Side-by-sideでオランダ ガン研究所から、ほぼ同じ内容の論文が発表されている。ただ、Notumをより強調していたので、Cancer Research UKの論文に焦点を当てた。
Apcがβカテニンを分解してWntシグナルを高め腸上皮の異常増殖に関わることは教科書マターだが、この研究ではさらにApcがノックアウトされることで、他の分子機構が働き、Apc欠損細胞が競合に勝利すると考え、Apc欠損が引き金になって腫瘍化した細胞で発現しているmRNAを、正常小腸と比べ、最も大きな発現変化が見られた分子としてNotumを特定する。
Notumは既にWntの脱アシル化を介してWntシグナルを抑えることが知られており、正常細胞のWntシグナルを抑えるというドンピシャの分子が特定された。後は、Notumが正常幹細胞を抑えるかどうか、試験管内の上皮オルガノイド形成、およびNotumの発現を生体内で操作する実験を行い、Apc欠損細胞がNotum分泌を介してまわりのWnt依存性幹細胞の増殖を抑え、その結果細胞競合に勝利することを示している。
このとき、他のWnt阻害剤を操作しても影響はなく、腸上皮ではNotumだけがこの作用を持つことも確認している。
ショウジョウバエでは、Notumが周りの細胞を細胞死に追いやることが知られているが、マウス腸上皮ではメカニズムが異なり、幹細胞の分化を誘導することで増殖を抑え、最終的にApc欠損細胞が競合に勝利する。
最後に、ではApc分子欠損から始まる大腸ガン発生にNotumが関わるかを調べるため、Notum欠損マウスをApc-Minマウスに掛け合わせると、Notum欠損マウスでは発ガンが強く抑えられることを確認する。すなわち、Notum分泌により周りの細胞の増殖を抑えないと、前ガン細胞もガンへは発展できないことを示している。そして、Notumの酵素活性の阻害剤を加える実験で、Apc欠損細胞が細胞競合に勝利するのを抑えられることを示している。
以上、細胞競合というより、正常細胞による異常増殖抑止機構が常に働いていることの証明だが、Wnt経路の異常による発ガンにのみ有効なので、おそらく他の細胞競合メカニズムも存在するのではと想像する。