よほどの思想家は別として、アンチエージングは人間の素朴な希望で、それに応えるべく、巷には様々なサプリが溢れている。しかし、ほとんどの場合、その効果を正確に確かめるのは、簡単ではない。
以前、外国語教育が将来の認知能力に影響があるかを調べたエジンバラ大学からの論文を紹介したことがあるが(https://aasj.jp/news/watch/1660)、この研究はなんと1936年にスタートして、そのとき11歳だった児童が70歳を超えたあと、2010年まで70年以上にわたって観察し続けている。このように、本当にアンチエージング効果があることを証明するには、長い時間がかかる。
従って、多くのサプリは、老化研究に基づいているとはいえ、人間に対してアンチエージング効果があるかどうか確かめているわけではない。結局、有名人で元気な高齢者が服用しているからという錯覚マーケティングで、高齢者を引きつけるのが常套手段で、買う方もアンチエージング効果があるかどうか本当は知る術がない。
それでも、老化研究の科学をヒトに応用しようと思うと、科学的根拠があるサプリについては地道に治験を進めるしかない。そんな研究がワシントン大学栄養学研究センターから6月11日号のScienceに発表された。タイトルは「Nicotinamide mononucleotide increases muscle insulin sensitivity in prediabetic women(Nicotinamide mononucleotideは糖尿病予備軍の女性の筋肉のインシュリン感受性を高める)」だ。
老化を抑えるルートには、活性酸素などのストレス軽減、ゼノリシスなど、いくつかのルートが見えてきたが、この研究ではNAD依存性の脱アセチル化酵素サーチュインを活性化するNADの前駆体、nicotinamide monoclueotide (NMN)の服用効果を、BMIが30を越した平均61歳、糖尿病予備軍の女性を対象に調べている。
NMNは、アンチエージングサプリとして巷に溢れているが、高純度のNMNを提供する企業は多くなく、実際にはかなり高価なサプリだ。この研究では我が国オリエンタル酵母社のNMNを1日250mg服用してもらっているが、おそらく一錠数千円はかかるのではないだろうか。
全て無作為化偽薬を用いた臨床治験で、10週間服用後、採血だけでなく、組織バイオプシーまで行い、その効果を調べている。
おそらく最も重要な結果は、10週間服用すると、血中にNMN由来代謝物が上昇するとともに、筋肉細胞内の代謝物も上昇している点だろう。これまで示されてきたように、サーチュイン活性化に必要なNADは、白血球では上昇しているものの、筋肉では上昇しておらず、NMN服用は意味がないのではと言われてきたが、今回代謝物が上昇していることが示され、サーチュインの活性化が起こっていることを強く示唆した結果だと思う。
次に、インシュリンを一定レベルにしてグルコース利用を調べる方法で、筋肉のインシュリン感受性がNMN服用で高まることを示し、これがインシュリンシグナル経路が高まった結果であることを、AKTやmTORなどのリン酸化で示している。
ただ、この変化は筋肉だけで見られ、脂肪組織や肝臓のインシュリン感受性は変化しなかった。個人的には、全身の効果があるのではと思っていたが、脂肪組織や肝臓の代謝はあまりサーチュインに影響されないのかもしれない。
サーチュインは7種類もあり、核やミトコンドリアで働いているため、NMNが作用する分子経路を特定しづらくしているが、この研究ではNMN服用により筋肉に起こる遺伝子発現の変化、さらにインシュリンレベルを一定にした状態でのNMNの効果の両方を調べ、定常状態では遺伝子転写レベルで大きな変化はないが、インシュリン刺激で300種類以上の遺伝子転写が即座に上昇するよう、リプログラムが起こっていることを示している。
中でも、PDGFに反応するシグナル経路が高まっているが、これ自体は筋肉の代謝や運動力には影響がなく、インシュリン感受性を上げるのに一役買っているのではないかと結論している。
以上が結果で、10週間ではあるが、検出された効果が筋肉に限定していることには少し驚いたが、服用したNMNが、ほとんどの細胞にちゃんと侵入し、血液ではNADの上昇、筋肉ではNMN代謝物の上昇として検出されることが明らかになったことは、サプリを用いる医学が正しい方向へ歩み出す大きな一歩になったと思う。今後、他の効果についても綿密な研究がようやく可能になったと思う。