これまで2日間にわたって、マクロファージ、特に組織内で維持されているマクロファージの最新研究について紹介してきた。このように、同じマクロファージと言っても、何種類もの特異的なサブセットへ分化できるのがマクロファージの面白さで、しかも組織や刺激に応じて、この分化が起こる。最も典型的な例は、今回新型コロナウイルス感染への抵抗力として一時話題になった、BCG摂取による免疫トレーニングの話だろう。これはワクチンと違い抗原特異性はない。ただ、バクテリア刺激により、マクロファージが記憶を獲得し、これが次の感染時に強い反応を誘導するのに役立つという話だ。 専門的には、マクロファージなどのエピジェネティックなリプログラムが起こったことを示している。
今日紹介するUCLAからの論文は、マクロファージのリプログラム、すなわち染色体構造変化を誘導するための条件について調べた面白い研究で、6月18日号のScienceに掲載された。タイトルは「NF-kBダイナミックスがマクロファージのエピジェネティックリプログラミングを誘導する刺激の特異性を決めている」」だ。
炎症に関わる最も重要な転写因子の一つがNF-kBで、炎症に関わるサイトカインやケモカイン、そして2日前に話題にしたMMPタンパク分解酵素などがこの転写因子の支配下にある。従って、エピジェネティックなリプログラミングが起こる時も、当然NF-kB結合サイトの染色体構造変化起こると考えられる。
この研究では骨髄マクロファージを様々な炎症刺激物質で刺激後、HeK4me1結合ゲノム領域の変化を調べ、刺激により染色体構造が開いた結果現れてくるNF-kB結合領域1000個ほど特定している。面白いことに、これらの染色体変化はNF-kBの活性を変化させるだけでは影響をあまり受けない。すなわち、多くは染色体で閉ざされており、染色体のリプログラムにはシグナルが弱いと考えられる。そこで着想したのが、NF-kB活性が周期的に変化するという事実で、この周期的活動が染色体構造の変化を調節しているのではないかと考えている。
そこでNF-kBによる転写の様子が見れるようにした細胞を用いて、single cellレベルで転写を見ると、時間単位で振動を繰り返していることが明らかになった。この一つの原因は、NF-kBの核内以降を調節するIkB自体もNF-kBの支配下にあるためと考えられる。そして、染色体の変化と、NF-kBの周期的活性化とが逆の相関を持つことを発見する。
この結果を確かめるため、IkBが欠損して(普通はノックアウトすると生存できないので、TNFを発現させるトリックで、新生児時期を乗り越えられるように細工している)振動が無くなったマウス由来のマクロファージを用いて、刺激後ATAC-seq やH3K4me1を指標に染色体の開き具合を調べると、期待通り振動が無くなったマクロファージで染色体が開いて、リプログラムが起こっていることを示している。また、この変化は反応性の記憶として維持され、次の刺激がきたときに、さらに高い遺伝子発現が起こることを示している。
結果は以上で、NF-kBを活性化するシグナルが入ってもIkBが誘導されNF-kB活性の振動が起こることで、エピジェネティックなリプログラミングが抑制されているが、おそらく強い刺激や他の転写因子の参加によって振動が抑制されると、リプログラミングによる記憶(あるいはトレーニング)が成立すると考えられる。
これまで、NF-kB活性が振動することは知られていたが、振動と遺伝子発現はあまり相関がなかった。この研究の結果、振動がエピジェネティックな変化を抑える役割を持つことが示唆されたことで、炎症の記憶についての研究が一歩先に進んだと思う。面白い論文だったが、マクロファージひとつとっても奥が深い。