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6月24日 クシャミの神経回路(7月8日号 Cell 掲載論文)

2021年6月24日
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新型コロナ禍が始まってから、人前での咳やクシャミは憚られる。実際コンサートでも、これまで楽章の間には必ず咳払いの音が聞こえたのに、今やほとんど聞かれなくなった。ただ、最近は少し聞こえる様になってきたので、気の緩みが出ているのかもしれない。

この厄介なクシャミは鼻からの感覚刺激により誘導される反射で、比較的単純な神経回路だと想像できるが、医学的にも重要視されていなかったのか、全容は解明されていなかった様だ。今日紹介するワシントン大学からの論文は、クシャミを誘導する刺激の入り口から、運動反射に繋がる神経まで、オーソドックスな方法で回路を特定した研究で、最新のテクノロジーを用いた複雑な研究が多い中で、比較的地味な研究だが、アプローチは論理的で、7月8日号のCellに掲載された。タイトルは「Sneezing reflex is mediated by a peptidergic pathway from nose to brainstem(クシャミ反射は鼻から脳幹へのペプチド作動性神経回路により媒介されている)」だ。

要するに入り口から出口まで、神経を辿っていけばいいわけだが、クシャミと言っても最初の感覚細胞が何なのか特定されているわけではない。私の様な素人は、コヨリで鼻をくすぐると言った機械刺激をすぐに考えてしまうが、さすがはプロで、痛み刺激物質カプサイシンがクシャミを誘導するというこれまでの報告をもとに、カプサイシンを刺激に用いている。この結果、最初の感覚細胞はカプサイシンに反応するTrpv1陽性細胞に絞ることができる。

この研究のもう一つの特徴は、カプサイシンエアロゾルを噴霧することで、自由に動き回っているマウスにクシャミを誘導できる様にし、音の録音まで動員してクシャミ反応を特定している。その上で、Trpv1刺激により、確かにクシャミ反射が誘導できることを確認している。

刺激の入り口がTrpv1細胞と特定できると、この細胞が発現して、次の神経伝達に関わる因子を特定することになる。Single cellレベルのPCRを用いて、Trpv1陽性細胞での様々な神経伝達因子の発現を調べ、いくつかの候補遺伝子をTrpv1発現細胞でノックアウトする実験を行い、最終的にNeuromedinがTrpv1神経が発現し、クシャミ反射に関わる分子であることを特定する、

次に、Trpv1神経細胞が投射する三叉神経節で、neuromedinに反応するポストシナプス神経細胞の特定にかかっている。まずカプサイシン刺激で興奮してc-fosを発現する三叉神経節の細胞を特定し、この細胞がneuromedin受容体を発現し、これを除去すると、クシャミ反応が消失することを確認している。

こうしてTrpv1と結合する、クシャミ回路の次の細胞が特定できたので、今度はneuromedin受容体を発現している三叉神経節細胞を標識し、この細胞が脳幹の呼吸調節に関わる神経節神経に投射していること、そして電気生理学的手法を用いて、この神経細胞がカプサイシンによる刺激により興奮することを確認している。

研究はここまでで、運動反射が起こるまでの求心回路の全貌が明らかにされたと結論できる。確かに研究自体に華やかさはないが、この回路の神経伝達物質が明らかになったことは、クシャミを抑えることが要求されるパンデミックの現在には朗報といえるだろう。

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