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6月21日 マクロファージを抑えると顔がむくむ(6月16日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年6月21日
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現役時代を振り返ると、あまりストレスもなく楽しんで過ごせた思い出が多いが、そのルーツは、最初に自分自身の研究室を持つことができた熊本大学時代に、それまで互いに何の接点もないのに、「一緒に研究しませんか」という私の呼びかけに応じて留学先から集まってくれた仲間との7年間にあったと思っている。中でも、新しい仲間がいなかったら自分では考えも及ばなかった仕事が、オクラホマからやってきた林さんの着想と突破力、ワシントンからやってきた国貞さんの分子生物学的知識、そして大学院生の吉田くんや江良くんたちが、ワイワイ楽しみながら完成させた研究、op/op大理石病マウスの持つCSF-1遺伝子の変異を特定した論文だ。

その後、私自身は、林さんと共に東レの須藤さんとこのシグナルを抑制するmAb、AFS98を作成した以外は全くopマウスについて研究したことはないが、この論文のおかげで、経済的苦境を何とか乗り越えて、ストレスのないラボ運営ができるようになったと有り難く思っている。

ところがガンの免疫療法が始まってから、CSF1Rの阻害剤やCSF1Rに対する抗体が、ガンを助けるマクロファージをガン局所から除去して、ガン免疫を高めるという可能性が示唆されてから、CSF-1を使った研究は再活性化され、臨床治験段階まで進んでいる。

抗体を注射する実験を最初にやった私たちは全く気づかなかったが、臨床例からこのシグナルを長期間抑制すると、顔の浮腫が副作用として必発することがわかってきて、その原因の特定が必要になってきた。今日紹介するミュンヘンにあるロッシュ研究所からの論文は、CSF-1シグナル抑制による浮腫の原因を特定し、治療法を開発した研究で6月16日Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Macrophage depletion induces edema through release of matrix-degrading proteases and proteoglycan deposition(マクロファージの除去はマトリックスを分解するプロテアーゼとプロテオグリカン沈着を介して浮腫を誘導する)」だ。

懐かしさから紹介することにしたが、研究はオーソドックスな病因解析で、地味だ。まず、浮腫の原因となる血管、リンパ管、マトリックスなど、様々な要因をCSF1R阻害マウスで調べ、最終的にマトリックスを分解するMMPの分泌が上昇し、その結果ヒアルロン酸やプロテオグリカンなどの保湿性のマトリックスが沈着し、そこに水分が溜まることで浮腫が起こることを明らかにしている。

驚くのは、長期間投与すると体重が30%も上がるほどの浮腫がくる点で、いかにマトリックスの保湿効果のバランスを取ることが重要かがわかる。

この研究では、マクロファージ自体から分泌されるMMP プロテアーゼが重要で、ファイブロブラスト、血小板、顆粒球などから産生されるMMPの影響は少ないことを示しているが、長期投与の場合も同じように結論できるのか、もっと他のマクロファージ依存性メカニズムがあるのかを明らかにする必要があると思う。

最後に、MMP阻害剤をCSF1R阻害と組み合わせた実験を行い、MMP阻害剤、特にMMP3阻害剤を組み合わせたときに、浮腫が抑制できることも示している。

また、臨床現場で血中のヒアルロン酸を指標にすると浮腫を早期に検出できることを示している。

以上が結果で、浮腫が起こることすら知らなかった私にとっては、なるほどと納得するとともに、熊本大学時代を思い出す論文だった。

熊本時代というと、ATLの発見者で、京大研修医時代、私の主治医にもなっていただいた高月清先生には大変お世話になった。高月先生の助けなしには、楽しい研究生活はなかったと思う。その高月先生が先日亡くなられた。思い出が一つずつ消えていくのも、避けることができない現実だ。

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