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6月28日 渡り鳥のコンパス分子:地磁気は目で感じる?(6月23日 Nature オンライン掲載論文)

2021年6月28日
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様々な生物が地磁気を感じて活動している現象は数多く知られている。ただ、バクテリアで発見されたマグネトソームの様な、私たちが磁石として思い描く地磁気を認識する構造が存在するのは例外で、これが感覚として認識する高等動物のシステムは解明が進んでいない。

今日紹介するオックスフォード大学とドイツオルデンブルグ大学から共同で発表された論文は、鳥の網膜に存在する青い光を感じる色素が、光に反応して+とーのラジカル対を形成して、これが地磁気により影響され、色素の活性を変化させることが磁覚のメカニズムである可能性を示した研究で6月23日Nature にオンライン掲載された。タイトルは「Magnetic sensitivity of cryptochrome 4 from a migratory songbird (渡鳥のcryptochrome4が示す磁気感受性)」だ。

+/―のラディカル対が形成されて、これが地磁気の方向性のセンサーとして利用されるという考えは、以前から提案されていた。ただ、これを可能にするには、まずラジカル対を形成する分子の特定、またラジカル対が地磁気に影響された結果を感知するセンサー分子が必要になる。

この研究では、渡り鳥の網膜に存在し、青い光に反応する光感受性タンパク質、クリプトクロームが、ラジカル対形成と、ラジカル対に対する地磁気を感知の両方に働くのではと着想し、あとは極めてプロフェッショナルな生物物理学的解析を進めている。私自身にとっても、こんな方法で実験するのかと、全て初めて知る方法で、感心するばかりだった。

まず大事なのは、クリプトクロームを大量に調整することだ。具体的には大腸菌の遺伝子発現系を用いて純粋な肉眼で黄色いクリプトクロームを調整している。そして、クリプトクローム中のトリプトファンが、光を感受したとき、分子内のトリプトファンからトリプトファンへと電子を伝達することで、ほんの一瞬だがラジカル対が形成されることを、磁気共鳴や分光光学的手法を用いて確認している(この辺りの技術について評価する知識はない)。また、分子内のトリプトファンを、フェニルアラニンに変化させる変異体を用いて、ラジカル対の形成がトリプトファン間の電子伝達で形成されることを確認している。

この電子伝達システムは最終的にフラビンアデニンディヌクレオチド(FAD)に受け渡されるが、FADのスペクトラム、およびクリプトクローム中のトリプトファンラジカルを分光工学的に測定することで、このラジカル対形成反応が時期により影響されるか調べ、この分子自体の光センサーとしての機能が、内在するラディカル対の影響で変化して、磁気センサーとしても使えることを明らかにしている。

そして、渡りの習性がないハトやニワトリからも、クリプトクロームを精製し同じ様に調べることで、ラジカル対を形成して磁気により機能が変化するという渡り鳥のクリプトクロームの性質が、ハトやニワトリには存在しないことを明らかにしている。すなわち、渡りが進化する過程で、クリプトクロームが磁気センサーとしても働く様に進化したことがうかがえる。

ただほとんどの実験が、強い磁気条件で行われていることから、実際にずっと低い磁気をこのシステムが感じることができるか、磁気の影響が高まった変異体の結果などを元に、理論的にその可能性を探っているが、詳細は割愛する。

以上、方法論などは別にして、地磁気を感じるシステムが、分子内に短時間だけ形成されるラジカル対を基盤に可能であることが私にも理解できた。もちろん、これは可能性の話で、

  • この分子を操作することで方向音痴になるか、
  • 時期の影響で現れる光センサーの機能変化が、感覚として受容されるか、
  • 受容されたとして、どう脳に伝えられるのか、

など多くの問題が残っている。ロマンあふれた研究分野だが先は長い。

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