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7月11日 心筋梗塞の遺伝子再生誘導治療の可能性(6月30日号 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年7月11日

我々の体の多くの組織は、発生過程で増殖を繰り返して臓器を形成すると、ピタッと増殖が抑えられる。例えばイモリなどの脊椎動物は、組織が障害されるとこの抑制が外れ、もう一度完全な臓器を作ることができるが、我々哺乳動物になると、残念ながらこのような機能は失われている。このため、心筋梗塞のように、組織細胞が失われても、再生は起こらず、低下した心機能に体の活動を合わすしかない。

再生能力が欠如した臓器を再生するには、試験管内で準備した細胞を治療に用いる再生医療か、あるいは再生能力を再活性させる方法が存在する。幸い、最近の研究で、私たちの再生能力の一部は、抑制を外してやると再活性化することがわかってきた。

特に最近Hippo/Yap経路と呼ばれるシグナルで、多くの組織の再生能力が抑えられており、再生がないとされてきた神経細胞でも、この経路を遺伝子操作することで、再生が可能であることが明らかになってきた。また、今日取り上げる心筋梗塞後の心筋再生も、Hippo経路の遺伝子操作で再生を誘導できることが、マウスで示されてきた。

今日紹介するテキサス・ベイラー医科大学からの論文は、小動物の実験から可能性が示唆されたHippo/Yap経路の遺伝子操作による心臓再生誘導治療の可能性を、ブタを使って確認し、人間での知見に一歩近づけた研究で、6月30日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Gene therapy knockdown of Hippo signaling induces cardiomyocyte renewal in pigs after myocardial infarction(Hippoシグナルをノックダウンする遺伝子治療はブタの心筋梗塞後の心筋新生を誘導する)」だ。

心臓のHippo経路では、Mstと呼ばれるキナーゼと、そのアダプターSavが、マトリックスなど外界の刺激により活性化されると、転写因子Yap/Tazがリン酸化・分解されることで、その働きが抑制され、再生に必要なシグナルが誘導できないことが知られている。したがって、Hippoシグナルを抑えると、細胞の増殖が誘導される。

この研究ではアダプターSavをアデノウイルスに組み込んだshRNAでノックダウンすることで、心筋でのHippo経路を抑制し、心筋再生に必要なYap/Tazの機能再活性化を試みている。

すでにマウスでは様々な方法で明らかにされていることなので、この研究ではブタを用い、できるだけ人間の治療に近づけたプロトコルを開発しようとしている。そのため、NOGAと呼ばれる、心筋の活動を直接電極で測るカテーテルを用いて、梗塞部位を特定し、そこにウイルスベクターを注入するという手間のかかる実験を行なっている。

結果は上々で、

  • この方法で、遺伝子を心筋内に導入し、Yap/Tazを核内に移行させ、下流の遺伝子を誘導し、心筋を脱分化、増殖させることができる。
  • 心筋梗塞モデルで、梗塞部位の拍出力の低下を止めることができる。
  • 心拍出力維持は、Hippo抑制により梗塞部位で続く、残った心筋の脱分化、増殖、そして心筋が梗塞部位に再構成された結果だ。
  • さらに、再生部位にはおそらく炎症を介した血管新生を伴っており、心筋再生を助けている。

以上が結果で、基本的には治験前の前臨床試験になる。残念なのは、若いブタが使われており、中高年の心筋梗塞ではどうなのか、高齢の動物での結果が欲しいところだが、基礎的研究からここまで進んできたことで、心筋梗塞の遺伝子治療の実現も近い予感がする。

特に今回新型コロナワクチン により、遺伝子ベクターなどへの規制はかなり緩和されたと思うので、実現までの時間は短いと思う。現役時代は細胞移植ベースの再生医学のディレクターをしていたが、このままだと遺伝子治療に軍配が上がりそうな気がする。

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