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7月14日 常在細菌をワクチンキャリアに使えるか(7月7日 Science Translational Medicine 掲載論文)

2021年7月14日
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今回の新型コロナウイルスに対するワクチン開発を眺めていると、ワクチン開発が免疫学だけで無く、病原体についての深い知識に裏付けられたときに成功することがわかる。例えば、mRNAワクチンなどのワクチンが導入したスパイクタンパク質のpre-fusion型が、安定に合成するための分子生物学的工夫などは、まさにコロナウイルス生物学があって初めて可能になる。

ただ、このような工夫の上でも、現在ワクチンによって獲得した免疫がどの程度維持されるのかが問題になっている。この問題は、例えば持続的感染が維持される弱毒化ワクチン開発で実現する可能性はあるが、もともとウイルスゲノム構造が複雑なコロナウイルスでは、弱毒化の戦略が複雑で見えない。さらに、mRNAワクチンと感染から回復した人の抗体を比べた研究から、コロナウイルスの場合、弱毒化戦略が可能かは明確で無い。

そこで考えられるのが、成功しているワクチンの一部をスパイク抗原で置き換えるという戦略で、弱毒化ワクチンの典型であるハシカワクチンにスパイク遺伝子を導入したワクチンが研究されている。

今日紹介する英国サザンプトン大学からの論文は、我々に感染できる病原体に抗原を組み換える発想を、さらに先に進めるワクチン開発研究の話で、正直うまくいっているように思えないものの、着想は面白いので紹介することにした。タイトルは「A recombinant commensal bacteria elicits heterologous antigen-specific immune responses during pharyngeal carriage(遺伝子組換え常在菌を鼻咽頭に定着させて免疫反応を誘導する)」だ。

要するにヨーグルトを使ったワクチンが可能かという課題にチャレンジしている。ただ、腸内での免疫になるとあまりに複雑なので、もう少し入り口、すなわち鼻咽頭に常在するバクテリアをワクチンとして使えるかだ。

実際には、もともと髄膜炎を起こすナイセリア菌と競合関係にある病原性にない鼻腔常在のナイセリアラクタミカ細菌に、髄膜炎ワクチンの抗原としても使用されているNadAという分子が定常的的に発現するよう遺伝子組み換えを行い、これによりNadAに対する抗体と、髄膜炎菌に対する殺菌性抗体ができるのかを調べている。

もともと髄膜炎菌自体も鼻腔の常在細菌だが、常在細菌として振る舞う間はNadAの発現がうまく抑えられるような仕組みを持っており、免疫からも逃れている。この研究では定常的にNadAを発現させたラクタミカ菌を作成(NL)、さらに抗生物質で2日以内殺菌できること、また他の毒性が組み換えにより獲得されていないことなどを確認して、ボランティアの鼻腔に投与、90日まで常在させて抗体やメモリー細胞ができるか調べている。

鼻咽頭に注入すると、期待通り長期間維持される。しかし、どの時点でも呼気に細菌が含まれることはなく、またベッドをともにしているパートナーに組換えNLが感染することはない。

結果だが、常在菌をベクターに用いても、NadAに対するIgGやIgA抗体が形成され、さらにはメモリーB細胞が誘導できる。さらに、低いレベルではあるが病原菌に対して殺菌性を示す抗体もできる。ただ、現在使われているGSK社の髄膜炎ワクチンBexseroと比較すると、抗体価はかなり低いので、現段階では到底治験に進むという段階ではない。

もちろん鼻腔から吸入するワクチンの開発は数多く存在するが、常在菌をワクチンにするという発想を見たのは今回が初めてだ。というのも、もともと免疫反応を起こさないから常在できるので、このハードルを乗り越えることができるということは、私たちの細菌についての知識が高いレベルに達した証左になる。その意味で常識にチャレンジする試みにはエールを送りたいし、ともかく少しは抗体ができたことは、常在菌とは何かを考える意味でも重要だと思う。

余談になるが、この研究で用いられたBexeroワクチンは、組換えタンパク質を用いたワクチンで、髄膜炎に対していわゆる不活化ワクチンしか国産できていない我が国の現状も気になった。

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