感染される人間側から見ると、新型コロナウイルス粒子で一番重要なのは、当然、感染に使うスパイク分子ということになるが、ウイルスから見たら、ウイルス粒子の中で壊れやすい一本鎖RNAと結合して、絡まないよう守ってくれるNタンパク質は重要だ。
ウイルスの核酸を想像しているとき、ほとんどの人は裸の核酸を頭に浮かべているが、ウイルス粒子内で核酸と結合しているタンパク質は重要で、この差がウイルスの核酸の様式を決めていると思う。例えば、全ての真核生物の線状DNAがヒストンと結合してヌクレオソームを形成していることから考えると、原核生物と同じような環状DNAを持つウイルスと線状DNAを持つウイルスでは、間違いなく核酸と結合するタンパク質の重要性は異なっているはずだ。
今日紹介するフランス・マルセーユの国立科学センターとコロラド大学からの論文は、最近注目の巨大ウイルスの一つ、マルセイユウイルスがヒストンに似た分子を持っており、巨大なウイルスゲノムを畳んでいることを示した面白い研究で、8月5日号のCellに掲載された。タイトルは「Virus-encoded histone doublets are essential and form nucleosome-like structures(ウイルスゲノムにコードされたヒストン2量体はウイルス増殖に必須でヌクレオソーム様の構造を形成する)」だ。
コロナウイルスも大きなウイルスだが、マルセイユウイルス科はさらに10倍以上大きなゲノムを持っており、当然、絡まないようにDNA結合タンパク質が存在すると想像するが、これまでの研究で真核生物のヌクレオソームを形成するH2A、H2B、H3、H4ヒストンに相同のタンパク質をコードする遺伝子を有していており、しかもH2AとH2B、 H3とH4が一つの分子にまとまっていることが知られていた。
と言っても、私にとっては初耳で、イントロンも持つ大きなウイルスゲノムが、しっかり真核生物と同じヒストンを持っているのは驚きだ。
とはいえ、それぞれの相同性は30%しかなく、実際にヌクレオソームを形成しているかどうかを調べるのがこの研究の主目的だ。ただ論文を読んでいくと、ウイルスの精巧さがよくわかるので、それを頭に置きながら、結果を次のようにまとめてみた。
- ウイルス粒子の中のDNAにマルセイユウイルス(MV)ヒストンは存在して、DNAと結合している。
- MVヒストンはホスト細胞内で核だけでなく、ウイルスの転写や粒子形成が行われるウイルス工場にリクルートされ、ウイルスクロマチンを形成する。この結果は、ウイルスが真核生物のヌクレオソーム進化に関わった可能性すら示唆する。
- ウイルス工場は感染後期に働きだす。すなわち、感染後すぐウイルスゲノムはホスト核内のメカニズムを使って転写を行うが、その後何らかのシグナルにより、核膜の機能が低下し、多くのタンパクがウイルス工場で利用できるようになる。
- 4種類のヒストンにDNAが巻きつく基本構造はほとんど同じであることがクライオ電顕を用いる構造解析でわかる。ただ一つのヌクレオソームに結合するDNAの長さは120bpと短い。
- 詳細は省くが、真核生物のヒストン4量体と比べると、様々な構造的違いを認めることができる。その結果として、真核生物のヌクレオソームと違い、DNAがオープンになりやすくなっている。これにより、ウイルスゲノムの転写が抑制されることなく維持されるのだろう。ここでは示されていないが、ウイルスゲノムはメチル化されないようにできているのか興味がある。
肝心のヒストン様タンパク質の構造の詳細は全て素っ飛ばしたが、極めて業目的に設計し直されている。これまで、巨大ウイルスというと、巨大で海に漂っている(https://aasj.jp/news/watch/14390)というイメージだけを浮かべていたが、それだけ大きなゲノムを、うまくホストに合わせながら維持するための進化の見本市みたいなウイルスであることがよくわかる。この研究から、次のクリスパーに匹敵するようなテクノロジーすら出てくる可能性がある。今後も注目だ。