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7月30日 経験の抽象化と記憶(8月18日号 Neuron 掲載論文)

2021年7月30日
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生命誌研究館に在籍中は、現役時代にはほとんど読むことのできなかった様々な分野の研究論文や本を読んで、その時考えたことをまとめておいた。その時の内容は、このHPでは生命科学の現在https://aasj.jp/lifescience-current.html)としてまとめている。少し古くなったかもしれないが、普通大学ではなかなか系統だって習えない分野だと思うので、是非ご覧いただきたい。

この中の言語の誕生https://aasj.jp/news/lifescience-current/10954)には人間特有の言語に必要な条件について書いているが、私たちが経験する感覚インプットを、一度抽象化し、具体的なイメージとは異なる(言語の場合)音節と連合させることが、記憶力を高めるのにどれほど貢献しているかについてまとめておいた。ただ、この時はこの問題を扱った文献を紹介できなかった。

今日紹介するParis-Saclay大学からの論文は、まさにこの課題を扱った研究で、複雑なイベント情報を記憶するために、私たちの脳は、イベントの経験を法則化や抽象化していることを示した研究で、8月18日号Neuronに掲載される。タイトルは「Mental compression of spatial sequences in human working memory using numerical and geometrical primitives(人間は作業記憶形成時、空間的なイベントを数的•幾何的因子を用いて脳内で圧縮する)」だ。

門外漢には理解しづらい論文だが、人間の脳科学で用いられる方法論がよくわかる研究だと思う。

課題は円状に並んだ8つの点を、一定の法則に従って結ぶ矢印(すなわち点Aから点Bへの矢印)が画面上に現れるのを見ているうちに、いつ法則に気づくかを調べている。ただ法則は数多く存在するため、当然複雑になるとパターン予測は難しくなる。

実際には、矢印の提示を11回見ている間に、いつ法則に気付いて予測ができるようになったかを被験者にボタンで教えてもらう。また、パターンを覚えておいたあと、パターンに合致しない矢印を提示し、間違いに気づくかを調べる。

そしてこの課題を行なっている間に脳磁図を記録し、被験者の脳の活動パターンを計測している。通常、脳磁図解析は、行動に対応する脳部位を特定するために利用されるが、この研究では全く違う使い方がされており、なるほどと納得する一方、脳が上手く働いていると言う以上のことがこのような研究から明らかにされるのかと心配にもなる。

この研究では、課題を行う一定期間に記録した脳活動を機械学習させ、被験者の脳と同じように、機械も正しい判断ができるようになるか、そしてできるようになった場合、どのような情報を使って正確な予測が可能になっているか、を調べている。

期待通り、脳の活動パターンを学習した機械は、問題に向かっている被験者の脳の活動から、問題提示後150msで被験者が出す答えを予測できるようになる。すなわち、脳の活動パターンをデコードできたことになる。

面白いのは、問題が提示される少し前から活動している脳のパターンを組み入れると、初めて被験者の判断を正確に予測できる点で、それまでの学習で得られた抽象的な条件が、脳へのインプットが始まる前から活動していることがわかる。

もちろん、それぞれのドットの場所や、現れる順番認知に関する脳の反応パターンも機械学習でデコードすることができる。そして、順番回数に対応する脳のパターンは問題を解く間に周期的に現れる。

以上のように、実際のイベントの作業記憶が、数や順番、そしてそれをさらに抽象化した法則として脳内に記憶され、実際の体験を評価するのに使われていると言う結論になる。

基本的には、脳活動を解析するのではなく、脳活動が機械学習で予測可能になるかだけが実験のアウトカムなので、古い頭ではどうしても戸惑ってしまうが、脳の活動から行動を予測できるようになったので、次は脳のどの部位の、どの時間の活動がデコードに重要かが明らかになると、言語野の関与をはじめ、体験の抽象化やカテゴリー化の謎も解けるかもしれない。

このテクノロジーの究極を、例えでわかりやすく言うと、藤井聡太さんの対戦中の脳活動を機械学習させ、藤井二冠の次の手を予測するというゴールがあるように思う。その時、どの要素が機械学習結果に大きな貢献をするのか、興味がある。

カテゴリ:論文ウォッチ
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