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7月4日 線維筋痛症は自己抗体により誘発される(7月1日号 The Journal of Clinical Investigation 掲載論文)

2021年7月4日
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線維筋痛症(fibromyalgia: FM)は全身に痛みが生じる病気で、症状は激烈なのに、原因が全く特定されていないだけでなく、確定診断に必要な検査もないため、それが余計に患者さんの不安を増強させてしまう、医学に残された重要な課題の一つだ。

今日紹介する英国キングズカレッジからの論文は、この難しい病気の解明と治療に大きな変革がもたらされるのではと期待される研究で7月1日号のThe Journal of Clinical Investigationに掲載された。タイトルは「Passive transfer of fibromyalgia symptoms from patients to mice (線維筋痛症の症状を患者さんからマウスに移行させる)」だ。

このHPでもFMについては既に2回紹介しているが(https://aasj.jp/news/watch/9681)(https://aasj.jp/news/watch/10184)、内容といえば「診断が難しいが、痛みの閾値が低下していることから、メトフォルミンなどでこれを上げることで改善できるかもしれない」といった、ある意味では慰め程度の論文しか紹介できなかった。

しかし今回紹介する研究は、これまでとはレベルが違う。研究は、FMの原因が神経端末に存在して興奮の閾値を決めている何らかの分子に対して抗体ができることで、この自己抗体が痛みの閾値を下げて、全身の痛みを誘導している、という仮説に基づいて計画されている。この仮説が正しければ、自己抗体を他の個体に投与すれば、当然同じ症状が起こることになる。ただ、もちろん他の人に患者さんの血清を投与することは許されない。代わりに、この研究では患者さんの血清からIgGを精製して、それをマウスに注射した。

すると、注射して次の日から、足の裏の刺激を用いたテストで見られる痛み感受性の上昇が見られるようになる。しかも、投与した全ての患者さんの血清で同じ症状を誘導できるが、健康な人の血清では何も起こらない。

痛みを誘導する方法を変化させて調べる実験で、様々な痛みに対する反応を調べ、痛み受容体が関わる興奮であれば、ほぼ全ての種類の痛みの感受性が高まることを明らかにした。さらに、この抗体を注射された個体では、活動性が低下するという点でもFMの患者さんに酷似している。そして、これがIgG、すなわち抗体によることも確認している。

どうして今までこの着想が生まれなかったか悔やまれるが、極めて古典的な方法で、FMが神経細胞膜に作用して痛みを増強させる生理学的抗体による免疫病であることを明らかにしたことになる。

あとは、神経細胞上のどの分子に結合して閾値を下げているのかが問題になる。この研究では、患者さんのIgGが、病的疼痛に関わると考えられている後根神経節のサテライトグリア細胞と神経細胞に結合していることまで確認しているが、残念ながら分子の同定にまでは至っていない。ただ、結合して直接神経興奮が誘導されるような分子ではない。また、炎症を介して閾値が下がっているということも否定している。

あと少し頑張って分子を特定すればホームランだったとは思うが、患者さんにとっては大きな朗報だと思う。全力をあげて、分子の特定を行うとともに、自己抗体を低下させる方法を確立して欲しい。まだまだ乱暴な検査だが、動物の後根神経節を患者さんの血清で染めるという方法も、確定診断法になる可能性が高い。大きな期待を抱かせる研究だと思う。

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