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7月16日 神経を集中するときの相分離 (7月8日号 Cell 掲載論文)

2021年7月16日

これまで数多くの相分離に関する論文を紹介し、何回もジャーナルクラブで論文を詳しく解説したので、他の分子と均一に混在していた特定の有機分子同士の相互作用が高まると、急に他の分子から分離し、濃縮した一種の液滴を形成する過程が、細胞内の分子局在と機能を支えていることは理解していただいていると思う。

考えてみると、特定の単位同士の相互作用が強まることで、他の単位の動きとは独立の同調した動きが現れる現象は、物理現象から生物の集団行動まで、様々なレベルで見られる。ただ、このような相転換をいかにして誘導するかが問題になる。

今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、熟練した運動の開始時に、小脳のプルキンエ細胞でこのような相分離現象を誘導することに成功し、神経ネットワークでも、物理学と同じ法則に従って相分離が起こることを示した研究で、7月8日号のCellに掲載されている。タイトルは「A neural circuit state change underlying skilled movements(神経回路の状態変化が熟練動作を支えている)」だ。

このような研究で最も難しいのは、一定の領域の神経細胞全体が、あたかも相分離が起こったように、急に同調して興奮するという状況が誘導できるタスクを設計することだ。著者らは、少し力を加えると、最初に押した方向へ一直線に動くレバーを設計し、マウスがこのレバーを右前肢で決めた目的に向けて倒せるように訓練し、この動作時に、右前肢に対応する小脳領域に存在する約500個のプルキンエ細胞を、Caイメージングで観察している。

理解しにくいとは思うが、よくできた課題だ。すなわち、最初にどう力をかけるかに成否がかかっており、したがって文字通りこの動作開始時点に「神経」を集中する必要がある。実際、最初の1ー2日ではちょっと触ってしまうとレバーが勝手に動いてしまい、目的に到達できる確率は低い。しかしマウスといえども、1週間もするとうまく神経を集中することができるようになり、成功率は9割を越すようになる。このタスクの設計が、この研究の全てだと思う。

期待通りというべきだろう、右前肢の運動神経が投射する領域の小脳の動きを観察すると、開始時点に多くの神経細胞が同調して興奮するのが見られる。すなわち、一種の相分離が観察される。さらに、同調した神経は興奮後の休止期間でも同調する。ただ、この同調は、それぞれの神経と結合している介在神経が同調して興奮することによって起こっていることも示している。

そして、この同調変化は、外界からの刺激により影響されるのではなく、動作開始時に神経を集中するとする内部からの同調シグナルにより起こっている。すなわち、熟練してくると、このように一定の領域の神経を同調させた運動調節ユニットを形成することで、正確な運動が可能になっている。実際、この同調した活動は、動きが始まった後で外界からこの動きを人為的に邪魔しても、変化が起こらない。

最後に、このような神経細胞の同調も、他の物理化学現象のどう調整と同じルールに従うことを、モデリングを用いて示している。このとき使われているのが、レーザーの同調を説明するための数学モデル、すなわち倉本オシレーション法則で、下部オリーブ核の神経同士の結合性が高まると同調して、この同調性がプルキンエ細胞へと伝達するモデルで、実際の相分離が完全に説明できることを示している。

この論文にも光遺伝学の開発者のDesserothの名前が入っているが、スタンフォード大学からの脳研究は、いつも一味違った深い思索が感じられ、難しくても本当に面白い論文が多い。相分離と言われて、「神経を集中する」意味がよくわかった。

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