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7月20日 ワクチンに対する躊躇をSNSのデマのせいにして納得してはならない。(2月3日号 Vaccine 掲載論文他)

2021年7月20日
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大学レベルのワクチン接種が始まったようだが、かなりの割合の大学生がワクチン接種を躊躇しているようだ。メディアでは、馬鹿げたSNSに惑わされている大学生のイメージを強調し、また河野大臣まで、SNS上のデマに惑わされないように、呼びかけている。

ところが、なぜワクチン接種を躊躇するのかインタービューしているTVのニュースを見て、少し驚いた。一人の女学生は、「mRNAワクチンはこれまで使われていないワクチンで、感染予防効果はわかるが、もっと長期に様子を見た後、決断したい」と答えていた。

すなわち、ワクチンの報道が始まった我が国で、新聞・TVなどの大手メディアや専門家が強調したまさに同じことを理由に、高い教育を受けた層もワクチン接種をためらっているように思えた。振り返ってみると、昨年の秋でも、「ワクチンの効果や安全性の確定には何年もかかる」のが普通だという一般論に基づく情報が多く流されていた。とすると、その専門情報に納得して今もワクチン接種をためらう層は、決してSNSのデマに踊らされている層ではない。

現在では専門家、メディア、政府全員一致で、ワクチン接種一色の報道を続けているが、半年もたたないうちに言を翻されても、信用できないという気持ちもよくわかる。高い教育を受けた層の多くが、一般論でワクチンの問題を印象付けた報道や発言の結果ワクチン接種を今もためらっているなら、私たち専門家は反省すべきではないだろうか。

実際、このような刻々内容が変わっていく複雑な知識について、断片だけを専門家の意見として上から目線で提供することがいかに危険かをこの例は物語っている。事実、マスクからワクチンの安全性まで、その時々で専門家の意見も割れる。その時々の断片的知識だけで一般の方々が判断できるだろうか?

このような複雑な専門知識をそのまま伝えることは難しいが、しかしこの知識のインプットのあり方がワクチンへの態度として現れているのではと思いついて、医療従事者や医学生のワクチン接種の態度を調査した以下の論文に目を通してみた。

最後の論文を除くと、基本的には米国やドイツの病院で働く医師や看護師のワクチンに対する受容性を調べた結果だが、ほぼ一致した結果で、医師に比べて、看護師の受容性は低い。また、医療教育のレベルでも高いほど受容性が高く、低いレベルの教育だと受容性が低いという結果だ。他にも、男性の方が受容性が高く、また高齢者ほど高いというのも全ての論文で一致している。

極め付けは最後の論文で、米国の医科大学と歯科大学でワクチンに対する受容性を調べると、なんとワクチン接種を躊躇する歯科大学生は5割を超え、医学生と比べたとき、2.7倍の差があるという結果だ。

いずれも統計的に完全なデータとは言い難いアンケートに基づく論文だが、それでもワクチンの効果は、時間とともにわかってくる複雑な医学現象であるため、正しい知識を積み重ねることの重要性を物語っている。

では、このレベルの知識の提供をメディアで出来るかといえば難しいだろう。とすると、一番大事なのは不用意に一般論を振りかざさないことだ。すなわち、今回のように知識が刻々変化するとき、知識の提供がいかに難しいかをよく理解し、現在の一般論が、将来多くの人の判断を誤らせることがあることを反省すべきだと思う。

間違っても、ワクチン拒否の理由をSNSのデマのせいにして納得してはならない。梅北2期の参加型ヘルスケアプロジェクトではぜひ知識の提供のあり方についても議論を深めてみたい。

カテゴリ:論文ウォッチ

7月20日 発酵食品の威力 (8月5日号 Cell 掲載論文)

2021年7月20日
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発酵食品の威力というタイトルで、Cellに掲載された論文を紹介しているのを、アレっと持った人も多いと思う。21世期に入って、Cell Metabolismを皮切りに、Nature Metabolism, Nature Foodなど発刊がが続いてきたが、これは編集者たちが、食、栄養、代謝などが21世紀の重要な分野であることを認識し、その促進をジャーナルの側でも支援しようと考えているからだろう。

この背景には、感染性(communicable)、非感染性(non-communicable)疾患を問わず、様々な病気の理解に栄養、代謝についての解析が必須であるという確信とともに、例えば特異的因果性を追求する分子標的薬とは違い、栄養や代謝の身体への作用を調べるためには、これまでと全く異なる総合的で革新的な方法論が必要と考えているからだろう。

その結果、今日紹介するスタンフォード大学からの論文のように、毎日の食事の効果を総合的に調べるだけといった論文がCellに掲載される時代が来た。タイトルは「Gut-microbiota-targeted diets modulate human immune status(腸内細菌叢を標的にした食事は免疫状態を変化させる)」で、8月5日号Cellに掲載された。

研究ではまず、BMIが平均25の、既往歴がない健康成人(平均52歳)を39人選び、高繊維食グループと、発酵食グループに分ける。被験者は、あらかじめ決めておいた繊維の多い食品、発酵食品の中から、自分の好きな食品を選んで、4週間かけてそれぞれの食品の量を増やし、それを6週間維持する。その後は自分の好みで、それぞれの食品を選べるようにして、さらに4週間すごす。その間に、腸内細菌叢、便の代謝物検査、血液の炎症性サイトカイン、様々な細胞シグナル等々、総合的解析を合わせて、それぞれの食品の身体への効果を見ている。

重要なのは、数多くの食品の中から選ばせるという形で、生活に合わせた長期コホート研究がしやすくしていることで、従来のXXヨーグルトだけを飲ませるといったコホート研究とは全く異なる。すなわち生活スタイルそのものを問題にしている。結論的にいうと、実際に身体に起こった様々な変化から、どのタイプの食事を取ったのかを、かなり予測できる。この時、最も予測に貢献するのが血液のプロテオミックスで、それに続いて細菌叢、そして細菌叢のプロテオミックスになっている。すなわち、食品は私たちの体を確実に変化させる。

多くの結果が示されており、まとめにくいのだが、面白いと思った結果だけ箇条書きで紹介する。

  • 高繊維食グループでは、期待通り便が柔らかくなる。一方、発酵食を多くとると、お腹が張る。
  • これまで高繊維食と細菌叢の多様性の相関が示唆されていたが、17週間では大きな変化は見られない。一方、細菌の絶対数は増加しており、便の細菌由来代謝物は増加する。おそらく、摂取した植物繊維の量が、細菌叢のキャパシティーを超えていると考えられる。一方、発酵食品を多くとると、急速に細菌叢の多様性が増加する。ただ絶対数はそれほど増えない。
  • 高繊維食で増加すると言われるブチル酸の上昇は強くない。しかし、側鎖脂肪酸代謝については大きな変化が見られる。これは、細菌叢全体の代謝酵素の変化からも裏付けられる。
  • 高繊維食を摂取した場合の炎症に関する変化は、摂取前の状態に左右される。すなわち炎症の低い状態の人は、繊維食によりますます炎症が抑えられるが、炎症が高い人は、逆に炎症が増強する。これらの変化は、Tfhの変化に相関する確率が高い。
  • 酒好きには嬉しい結果だが、自己申告されたアルコール摂取は、食品による体の変化にあまり影響がない。
  • 発酵食品を多くとると、最初の状態にかかわらず炎症を低下させる。これは血中のサイトカインレベル、および血液細胞中の免疫系細胞の数として表現される。

他にもあると思うが、気になった結果を箇条書きにした。炎症を下げるという観点では、発酵食品が良さそうな結果で、カッテージチーズ、ケフィア、バターミルク、コンブチャ(紅茶などを発酵させた飲料)、発酵野菜、発酵野菜飲料、ヨーグルトなどを選ばせており、参考になる。

基本的にはAIで食べている食品を推察できるぐらいの、人間の代謝状態の総合的把握が可能になってきたことが大きいが、生活に即した科学が基礎科学のトップジャーナルに掲載される時代が来たことは感慨が深い。

カテゴリ:論文ウォッチ
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