過去記事一覧
AASJホームページ > 2022年 > 1月

1月5日 重症歯周病、フィブリン、NETosis :よく出来た3題噺 (12月24日 Science 掲載論文)

2022年1月5日
SNSシェア

今日は身近な病気の話を紹介する。米国・国立衛生研究所、歯学部門からの論文で、主に実験的だが、重症歯周病のメカニズムを明確にしたよくまとまった話だ。タイトルは「Fibrin is a critical regulator of neutrophil effector function at the oral mucosal barrier(フィブリンは口内粘膜バリアーでの白血球機能の重要な調節因子)」で、12月24日号のScienceに掲載された。

この研究はプラスミノーゲン遺伝子の機能異常は口内炎になるという遺伝疫学解析からスタートしている。プラスミノーゲンは活性化されプラスミンへと転換し、これによりフィブリンを分解する。従って、この遺伝解析結果は、口腔粘膜の炎症がフィブリンの分解と強くリンクしていることを示している。

これを確かめるため、この研究ではプラスミノーゲン遺伝子欠損マウスを調べると、確かに歯槽骨が吸収され、歯根が露出することを確認する。同じ症状は、活性化出来ないプラスミノーゲン遺伝子を持つマウスでも起こる。

一方、プラスミノーゲン欠損マウスでも、フィブリンが出来ないフィブリノーゲン欠損遺伝子を併せ持っていると、歯槽骨の吸収は見られない。すなわち、フィブリンの沈着が最終的な歯周病の引き金を引いていることが明らかになった。

ではフィブリン沈着がなぜ強い炎症に発展するのか?これを調べるために、フィブリンが沈着した歯周組織に集まってくる細胞の変化を調べると、浸潤細胞のほとんどが好中球で、免疫性の炎症と言うより、細菌感染による細胞浸潤に近い病理過程が起こっていることが分かる。事実、プラスミノーゲン欠損マウスでも無菌マウスでは歯槽骨の吸収がないことは、細菌感染により誘導される好中球浸潤が重要な役割を果たしていることが分かる。

こうして浸潤してきた好中球は、フィブリンと結合するインテグリンを発現しており、例えばインテグリンと結合できない変異を持つフィブリン遺伝子を持つマウスでは、細胞浸潤が強くても歯槽骨吸収は見られない。すなわち、好中球がインテグリンを介してフィブリンと結合することで、好中球が活性化され、炎症が起こる。

実際、試験管内の実験系で、好中球がフィブリンによって特殊な細胞死、NETosisに陥り、DNAを周りに吐き出して炎症サイトが形成されることも示している。

最後に、NETosisにより組織へ放出されるDNAをDNaseIで分解すると、炎症が抑えられること、あるいは好中球のえらスター背が欠損すると、炎症が抑えられることを示している。

以上のことから、凝固線溶系への介入、インテグリン阻害、そしてDNaseIやエラスターゼ阻害剤など、様々な治療可能性が明らかになった面白い論文だと思う。

これらは全てマウスの話だが、人間でもプラスミノーゲン遺伝子顆粒に歯周病リスクSNPが存在しており、重症歯周病については同じと考えていいのではと思う。

最も身近な炎症にも光が当たってきたようだ。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月4日 脳は「意味」でまとめられている(2021年11月号 Nature Neuroscience 掲載論文)

2022年1月4日
SNSシェア

私たちは瞬間瞬間に膨大な量の情報インプットを感覚から得ているが、言葉があるおかげで、感覚から入ってくる事象をシンボル化して、整理された形で脳の中にしまっておくことが出来る。これは、感覚から直接得られる認識と、シンボル化し意味化した認識が、脳の中で連合できていることを示している。もう少しわかりやすく言うと、目で見たリンゴのイメージと、「リンゴ」という言葉の脳内表象が回路として結合していることを示している。

今日紹介するカリフォルニア大学バークレイ校からの論文は、脳内の視覚イメージと、視覚イメージに対応する言語表象が、脳の近接した領域で連合していることを示した研究で、11月号のNature Neuroscienceに掲載されている。タイトルは「Visual and linguistic semantic representations are aligned at the border of human visual cortex (視覚と言語的意味の表象は人間の視覚野の境界に並んでいる)」だ。

おそらくこれまでの研究で、あるイメージを見たときに興奮する脳内の領域と、それに対応する言語(=意味)により興奮する脳内の領域が近接して存在する可能性が示唆されていたのだと思う。この研究では両者が近接して存在することを明らかにするため、ボランティアにサイレント映画を見せたときに、そこに登場する様々なイメージによって興奮する領域の記録と、同じボランティアが朗読された話のなかに登場する事物を聞いたときに反応する領域の記録を比較し、同じ意味を共有するイメージと言葉に対応して興奮する領域間の関係を調べている。

結果は予想通りで、少なくとも視覚イメージとして提供できるイメージに関して言うと、言葉に反応する意味の領域は、視覚イメージ領域前方に隣接して存在していることを示している。すなわち、イメージとそれに対応する意味は、一定の形式でおそらく神経的結合を形成していることを示している。

もちろん、この局所に形成されたイメージと意味の回路は、脳の他の場所に形成されている記憶の回路とも結合する必要があり、実際には脳の多くの場所とネットワークを形成しているのだが、個々のイメージと、それを言語的にシンボル化した意味の領域が、セットになってすぐに反応し合えるようにまとめられているのには感動する。

おそらく最近、言葉とイメージのリンクがギクシャクしてきた原因は、両者の回路がさび付いてきたからかもしれない。

同じような意味の領域と感覚領域との連合セットは、視覚以外の感覚でも存在するようだが、最初から抽象的な概念には存在しない。今後、そのような場合(例えば表象といった言葉)の言葉がどのように表象され、文明の進歩とともにどう変遷するのかなど、面白い研究へと発展できる可能性がある。

他にも、音楽と意味についても、同じ手法で研究できないだろうか。興味は尽きない。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月3日 ガン免疫を高めるにはヨーグルトをやめて、食物繊維を摂取した方がいい:ちょっと衝撃的論文(12月24日号 Science 掲載論文)

2022年1月3日
SNSシェア

アルコールを除いては、身体にいいと思えることは何でもしている方だ。朝は食前のウォーキングは欠かさないし、朝食は果物、ヨーグルト、whole grainと決めている。要するに、プロバイオと、繊維質の多いプレバイオを併用していることになる。

私の生活は、ガンの予防と言うより、代謝の方の改善を念頭に置いているが、「ヨーグルトが免疫を高める」という宣伝文句信じている人を心配にさせる、ちょっと衝撃的な論文がテキサス大学、MDアンダーソンガンセンターから、12月24日号のScienceに発表された。著者の中には、本庶先生とノーベル賞を受賞したAllisonも入っているし実際には世界から38研究機関が参加した大きな研究だ。タイトルは「Dietary fiber and probiotics influence the gut microbiome and melanoma immunotherapy response(食物繊維とプロバイオは腸内細菌叢を変化させメラノーマの免疫治療への反応性を変化させる)」だ。

研究では、ステージ4のメラノーマ患者さんで、PD-1に対するチェックポイント阻害治療(ICB)を受けている人の食生活を調べるとともに、腸内細菌叢を調べて、ICB治療の効果と、食生活や細菌叢との関係を調べている。また、患者さんの便移植を行ったマウスに、乳酸菌ビフィズス菌をベースにした、食品店で販売されているプロバイオ、あるいは食物繊維を摂取させ、ガンに対する抵抗力も調べている。

これまで多くの報告があるように、ICBに反応する人の多くは、Ruminococcaceaeの割合が上昇しているが、細菌叢全体の量や割合は大きく変化していない。

次に、ヨーグルトなどのプロバイオを日常摂取しているかどうかを聞き取りで調べている。このような調査の難しさは、プロバイオを摂取している人は同時に食物繊維など食事にも気をつけている人が多い点だ。そのため、様々な条件をそろえる必要があるが、驚くことに、プロバイオを摂取している方が、ガン免疫が抑えられているという傾向が得られている。

そこで、人の細菌叢を移植したマウスモデルを用いて、ビフィズス菌、あるいは乳酸菌をベースにしたプロバイオをマウスに摂取させ、ガンに対する免疫を調べると、どちらのプロバイオでも、摂取させた方がガン免疫が低下し、ガンの増殖が高まっている。

これに対し、聞き取り調査で食物繊維摂取の多い人では、期待通りICB治療効果が高い。ただ、プロバイオと同じで、食物繊維を多く摂る人は、プロバイオも続けている場合が多い。そこで、食物繊維を多く摂る人をプロバイオ摂取群と、プロバイオ非摂取群に分けて調べると、驚くなかれ食物繊維をとってもプロバイオを摂取していない人は、両方摂取している人と比べると、5年生存率でほぼ2倍の差が見られることが分かった。

他にも、マウスモデルで遺伝子発現や浸潤細胞を調べているが、全て割愛する。

要するにプロバイオはガン免疫を抑えるという衝撃の結果が示されている。

まだまだ統計的に問題があるとか様々な問題を指摘することは出来る。しかし、本当だとすると、少なくともガンのチェックポイント治療を受けている人は、ヨーグルトなどプロバイオは摂取しない方が良いという結論になる。是非プロバイオを提供するメーカーは、出来れば同じような調査を徹底的に行って、この結果が正しいか検証して欲しいと思う。

一方私自身はこのままプロバイオを含めた食生活は続けるが、もし現時点でICB治療を受けるとすると、プロバイオは中止して、食物繊維中心の食事に変える。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月2日 モルフォーゲン勾配 (12月22日 Nature オンライン掲載論文)

2022年1月2日
SNSシェア

モルフォーゲン勾配は発生学の中でも重要な概念の一つで、一つの分子が特定の場所で分泌され、それによって生まれる分子の濃度勾配に応じて細胞へのシグナルが変化し、この結果場所に対応した細胞の分化決定が指示される仕組みだ。多くの動物でその存在が示されてきたが、なんと言ってもショウジョウバエを用いた研究がこの分野をリードしてきたことは間違いない。

この頃ショウジョウバエの論文を読むことが減ったので、今日紹介するジュネーブ大学からの研究が、この分野でどのような位置にあるのか判断できないが、dppと呼ばれる最もポピュラーな分子の濃度勾配の形成が、勾配ができる組織(この研究では将来羽になるイマジナルディスク)の大きさに応じてどう行われるのかを示した、私にとっては新鮮な研究で、12月22日Natureにオンライン掲載されている。タイトルは「Morphogen gradient scaling by recycling of intracellular Dpp(細胞内のDppをリサイクルすることでモルフォーゲン勾配の大きさが決められる)」だ。

モルフォーゲン勾配は、分子が分泌される場所が限定されれば、自然に発生すると考えてきた。しかしこの研究の対象になっているdppでは、dpp受容体と結合したあと、もう一度細胞外へ運ばれ、新しい細胞に利用される、すなわちリサイクルの可能性が指摘されていた。

この研究の目的は、様々な蛍光標識を結合させたdppを細胞に発現させ、dpp勾配を測定することで、一度細胞に取り込まれ、その後リサイクルされたdppがどの程度勾配形成に関わるかを明らかにすることだ。

シュミレーションも含めて様々な計測が行われているが、最初に細胞外のdppを全て洗い流した後、細胞内からリサイクルされたdppを追いかける方法で、リサイクルされたdppが細胞外のスペースに沿って濃度勾配を形成することを明らかにしている。

この結果が、この研究のハイライトだが、もちろんこれだけではリサイクルされた分子がどの程度勾配形成に関わるか決定することは難しい。そこで、拡散、受容体との離合、リサイクルの効率、細胞内での分解など、様々なパラメーターを調べ、分泌起点から異なる距離の地点で、リサイクリングがどの程度勾配維持に寄与しているのかを計算している。

結果は、勾配自体へのリサイクリングの寄与率は、起点から離れた場所では90%を超えており、長い距離にわたる勾配を維持するためには、高いレベルのリサイクリングが必要であることが分かる。一方、短い距離の勾配では、リサイクルされたdppの寄与は50%程度にとどまっている。

以上、結論的にはリサイクルされたdppが、特に長い距離の勾配形成には重要であることが明らかにされた。ただこの過程で、dppの受容体Tkvがリサイクルには関わらないことをTkv変異体を用いて実験で明らかにしており、リサイクルのために特別なメカニズムがあることも示されている。

他にも、Pentagone/Dallyのように、細胞膜外に形成されるマトリックスもこの勾配形成に関わっていることも知られており、イマジナルディスクという小さな分子勾配に、極めて複雑な分子間相互作用が存在していることが分かる。

モルフォーゲン勾配は決して懐かしい話ではない。

カテゴリ:論文ウォッチ

1月1日 Covid-19重症化を理解し治療するための研究が今も続けられている(12月22日 Cell に掲載が採択されたばかりのプレプリント)

2022年1月1日
SNSシェア

元旦にCovid-19をキーワードにPubMedを検索すると、213337編の論文がヒットする。1年に10万編ペースは今も維持されているようだ。とはいえ、ウイルスにしても、病気の進行にしても、最初の1年に発表された論文から受けた興奮と比べると、驚きは減ってきた。

そんな中で最近発表された、年初にふさわしいCovid-19関連の論文を探していると、今、最も関心を集めているオミクロン株ではなく、重症化の要因を探索した、ドイツ・ベルリンにあるシャリテ大学病院からの論文が目を引いた。

統一前のドイツに留学し、東西ドイツが統一されたあと、シャリテをはじめとする東ベルリンの研究所が新しく生まれ変わり、世界レベルの研究を発表するようになる発展を、メルケル首相と重ね合わせて見てきた私の個人的なバイアスもあるだろうが、今も結局分かっていない重症化の問題に、新しい切り口を発見しているのに感心した。

タイトルは「Complement activation induces excessive T cell cytotoxicity in severe COVID-19(補体の活性化が重症のcovid-19でのT細胞の過剰な細胞障害性を誘導する)」で、12月22日Cellに採択決定されたばかりのフレッシュな論文だ。

Covid-19の病態を理解するための一つの鍵が補体の活性化であることはすでに何度も報告されている。またこの結果に基づき、補体を標的にする治験が進んでおり、重症化を抑える効果があることも分かってきた。その意味で、今後新たな変異株が出てきても、抗ウイルス治療薬で重症化を防ぎ、この前線が突破されたときには、サイトカインストーム抑制だけではなく、よりメカニズムに即した治療も可能になると期待できる。

しかし、補体活性化が最終的に重症肺障害や、全身血管炎、さらには長期に続く後遺症に至るメカニズムは分かっていない。

この研究では、Covid-19の中等症、重症それぞれの患者さんと、インフルエンザや肝炎患者さんの末梢血が発現している分子を、CyToFと呼ばれる同時に何種類もの分子の発現を単一細胞レベルで調べることが出来る機械を用いて詳しく比べている。

膨大な結果なので詳細は全て割愛してまとめると、CD16と呼ばれるFc受容体を発現したT細胞がCovid-19だけで上昇し、インフルエンザや肝炎では変化しないことを発見する。そして同じサンプルを、今度はsingle cell RNAseqを用いて遺伝子発現を調べると、CD16を発現している細胞が細胞障害に関わる様々な分子を発現していることを発見する。2年間、よってたかって調べてもまだまだ新しいことが分かる重要な例だと思う。

このCD16陽性T細胞は、

  1. ウイルス抗原刺激で活性化されるとともに、体内での補体活性が高まると、C3a等により活性化され、キラー活性を持った細胞へと分化する。
  2. Fc受容体を介してウイルス/抗体・免疫複合体によっても活性化され、細胞障害性を発揮し、肺上皮細胞や血管内皮細胞を傷害すること。
  3. CD16陽性T細胞の上昇は、重症化例ほど著明で、また老化によっても上昇して、重症化の基盤を作ること。
  4. 肺炎局所への浸潤が強いこと。
  5. 快復後も長期に体内で維持されること。

などを明らかにしている。実際には他のマーカーもセットで、いくつかの細胞集団を特定しているのだが、わかりやすいように全てを省略した。要するに、補体による活性化、ウイルス抗原による活性化、さらにはウイルス分子と抗体の免疫複合体による活性化など、様々な要因を結びつけ、さらに後遺症問題にまで広げた疾患理解の可能性を提案している。

まだそのまま受け入れるというわけには行かないが、それでも重要な可能性が提案された。是非メカニズム研究として発展して欲しいと期待している。

カテゴリ:論文ウォッチ

新年のご挨拶

2022年1月1日
SNSシェア

皆様、明けましておめでとうございます。

今年も元旦からAASJは発信を続けることが出来ました。これも活動を支えていただいている様々な皆様のおかげと感謝しています。

今後も、患者さんと、未来を担う若手研究者の両方に、知識を通して貢献するための幅広い活動を展開したいと思っています。

特に患者さんたちとの勉強会を活動の中心に据えて行きますので、遠慮なく勉強会やジャーナルクラブのリクエストをお寄せください。

これだけでなく、様々な学問分野の今を発信していく企画も続けていきます。

まず最初は、友人で九大名誉教授の信友浩一さんの自宅を訪ねて、言語の起源について語り合う会をYoutubeで発信しますので、ご期待ください。

では今年もAASJをよろしくお願いします。

AASJ代表理事

西川伸一

伊藤かをすさんが制作してくれた2022年賀状も掲載します。

カテゴリ:活動記録
2022年1月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31