9月16日:ミツバチ社会の進化(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)
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9月16日:ミツバチ社会の進化(Nature Geneticsオンライン版掲載論文)

2014年9月16日
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ほぼ毎日のように様々な生物のゲノム解析が報告される。最近では一つの種のゲノムの配列を解読するだけではなかなかトップジャーナルには掲載されない。種内の多様性や、種間の詳しい比較、進化シナリオの実験的検証などがあって初めてトップジャーナルが掲載する。大変な時代になって来たとも言えるが、個人のアイデアや才能が生きる道が拡がったとも言える。即ちゲノムを通して、自分の面白いと思っている事を人に伝える事が出来る。今日紹介するスウェーデンウプサラ大学からの論文はミツバチ社会の進化についてのシナリオで、Nature Geneteicsオンライン版に紹介されている。タイトルは、「A worldwide survey of genome sequence variation provides insight into the evolutionary history of the honeybee Apis mellifera(ミツバチのゲノム配列変異を世界中で比べる事でミツバチの進化の歴史を洞察する)」だ。現役時代ならミツバチの論文は読まなかっただろう。要するに時間があると言う事だが、ミツバチが人間の進化と決して無関係でない事、そして分業社会の進化のルールの面白さなど、学ぶ事は多かった。先ず私たちが食べている食物の1/3はミツバチの受粉のおかげである事、また今このミツバチに大異変が起こり始めており、この問題がミツバチを知り尽くす事からしか解決できない事もよく理解した。この研究の目的はミツバチがどのように世界中へ拡がり、多様化したのか。その過程での人為的介入も含めた選択圧は何かを解明する事だ。研究では14種類のミツバチをアフリカ、東アジア、欧州、アメリカから集めゲノム配列を比べ、これまでの進化の過程で生まれたおよそ800万を超す遺伝子多型を同定している。この解析から生まれて来たシナリオをまとめると次のようになる。今回調べられた4地域のミツバチの祖先はおそらく中東か東アジアのどこかで生まれ、30万年前にそれぞれの地域へと分散して行った。アフリカに移動したグループが最も多様化しているが、どの地域のミツバチも他の種と比べると多様化の速度は速い。私見だが、この時間スケールは我々がネアンデルタール人と分かれた時間と重なり、移動の方向性も同じで面白い。さらに、氷河期に個体数が急速に縮小した後、現在個体数が上昇期にあるが、アフリカでは急速な個体数の低下が起こっている。ミツバチで面白いのは、女王蜂、雄蜂、そして働き蜂と役割が分かれており、働き蜂は全く生殖に関わらない点だが、地域に応じた多様化を示す遺伝子の多くは働き蜂に発現している。即ち、生殖能力のない働き蜂に大きな環境からの選択圧がかかっていると言う結果だ。即ち、外で働かない雌や雄蜂は環境によって選択されようがないため、選択は働き蜂を通して間接的に集団全体の興亡として現れるようだ。どの社会でも、いい働き蜂がいない集団は集団ごと選択される。選択されてくる遺伝子は温度や形態形成など多様な範囲にわたっており、様々な環境条件に適応しているのが推察できるが、ではそれぞれの遺伝子の実際の選択にどの環境がどうか変わったのかを証明する事の難しさを示す。一方、巣の中で暮らす雄蜂では変異は少ない。ただ、選択され方は極めて直接的だ。雄蜂で発現している遺伝子で選択圧にさらされたと考えられる遺伝子の多くは精子形成に関わっている。特に精子の動きをコントロールする微小管形成に関わる遺伝子が選択されているようだ。ミツバチの受精時には、なんと20個体分の精子が互いに競争するらしい。結局どの精子が卵に早く到達できるかの勝負だけで決まっているようだ。色々学んでみると、ミツバチの進化も期待通り人間社会の参考になる事は多い。

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9月15日:AYA世代の白血病:フィラデルフィア染色体陽性型(9月11日号The New England Journal of Medicine)

2014年9月15日
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小児期から20代までにかかるガンをAYA世代のがんとして特別に区別している。これは成熟期と比べた時、成長期の人の身体には様々な違いがあり、それを考慮した治療が必要とされるからだ。今年4月に、自らも胎児性がんを経験した岸田徹さんを招いて、AYA世代のガンの最近の論文について読書会を行いニコニコ動画で放送した。岸田さんはガンノートと言うサイトを立ち上げて特にAYA世代のガン患者さんのための多面的な活動を行っておられる(http://gannote.com/)。その時議論の中で、ガンゲノム解析をAYA世代のガン全てで行って、敵を知って戦う事の重要性を強調した。今日紹介するセントジュード子供病院からの研究はこの議論の重要性を再確認させるもので、9月11日号のThe New England Journal of Medicineに掲載され、タイトルは「Targetable kinase-activating lesion in Ph-like acute lymphoblastic leukemia(フィラデルフィア染色体(Ph)陽性急性リンパ芽球性白血病は標的薬の適用が可能なリン酸化酵素活性化異常が見られる)」だ。一般的に子供のかかる急性白血病は治療法が確立しており経過は良好だ。しかしそんな中でも少し治療が難しいグループがある。未熟B細胞由来の白血病で、特にPh陽性グループと分類されている白血病は治療が困難だ。一方、Ph染色体として表現されるBCR遺伝子とABL遺伝子が融合する異常を持つ白血病では融合遺伝子の活性を押さえる事で、白血病を飲み薬でコントロールする事が可能になっている。Ph染色体を持つ他の白血病でも同じ様な標的治療が可能ではないかと言う期待を持って、この研究では1700例以上の急性リンパ芽球性白血病の中からPh染色体陽性の154例選び出し、遺伝子解析を詳しく行った。結果は予想通りで、9割以上の患者さんが異なる染色体が融合する遺伝子転座を持ち、転座遺伝子の多くが、薬剤で治療可能なチロシンキナーゼ分子をコードする遺伝子の転座である事を発見している。さらに、このグループの多くでCRLF2遺伝子の転座による発現上昇がおこり、TSLPと呼ばれる本来はB細胞には効かないサイトカインが白血病の増殖を促進している事もわかった。また症例のほとんどでIKZF1と呼ばれる遺伝子の発現も上がっている。この論文では議論されていないが、ここで紹介したようにこの分子はレナリドマイドで特異的に分解可能な分子だ。このように、この白血病グループの増殖回路は比較的単純で、また特徴的な遺伝子発現が見られており、その分標的薬剤を使える可能性がある。この論文ではキナーゼ阻害剤をモデル実験系で試した後、12例の患者さんに試し、なんと11例の患者さんに薬剤が効いている事を報告している。これまで経過が悪いとされて来た白血病グループが、逆に最も治療し易い白血病へとかわるのではと期待させる結果だ。事実我が国でも、Ph陽性白血病にチロシンキナーゼ抑制剤が使われ始めている。おそらく未熟B細胞の生理に関わる他の標的薬も今後利用できるようになるのではないだろうか?(元未熟B細胞の発生を研究していた人間の私的意見)。しかし本当の標的治療を実現するためにはPh陽性と診断するだけでなく、出来るだけ正確に遺伝子異常を確かめる必要がある。簡便にこれを診断するための遺伝子アレーの導入を進めるとともに、当分はエクソーム解析などを提供する必要があると思う。若い世代は日本を支える力だが、経済的には一番苦しい世代でもある。是非この事を考えた公的・私的支援が彼らに届くよう岸田さん達と一緒に頑張っていきたい。

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9月14日:身体は薬の宝庫?(9月11日号Cell誌掲載論文)

2014年9月14日
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9月5日号のScience誌にコーヒーの全ゲノムを解読した論文が出ていた(Science 345, 1181,2014)。勿論研究の焦点は、私たちを虜にするカフェインの合成システムが進化して来たプロセスを理解することだ。カフェインはコーヒーだけでなく、カカオや、お茶の葉にも含まれているが、それぞれの植物は種としてずいぶん離れている。今回ゲノム解読により、カフェイン合成経路がお茶やカカオとは全く別々に進化して来た事がわかった。この論文を読んでわかるのだが、ゲノム解読により遺伝子に直接コードされたペプチドだけではなく、その生物により合成される分子についても推測が可能になっている事だ。私たちの身体の中で作られる分子のうち遺伝子に直接コードされているのはほんの一部だ。実際には外部から物質を取り入れ様々な化合物を合成する事で生命を維持している。コンピュータを使って代謝合成経路を再構築しどのような化合物や代謝物が生成されるかの予測が可能になると、今後様々な生物のゲノムから、有用な薬剤の存在を予測できるかもしれない。事実、アスピリンも、ペニシリンも、最近ではスタチンも最初は生物の合成物として分離された。今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校からの論文は、この可能性をなんと私たちの身体の中に常在する細菌で調べた研究で9月11日号のCell誌に掲載された。タイトルは「A systematic analysis of biosynthetic gene clusters in human microbiome reveals a common family of antibiotics (人体の細菌叢に存在する生合成に関わる遺伝子クラスターを解析する事で共通の抗生物質ファミリー分子が明らかになる)」だ。ここでも紹介したように、肥満といった私たちの身体に影響する物質が細菌叢により分泌されている事がわかってきた。この研究では、こうした化合物を網羅的に探索しようと、ClusterFinderと呼ぶコンピューターソフトを開発し、これを用いて腸、口内、膣などの様々な部位から分離さている2430種類のゲノムを解析している。この結果、抗生物質に関わると予想できる14000種類の分子クラスターを特定し、そのうち健康人に存在する3000のクラスターについて更に詳しく検討している。この研究は常在細菌叢の合成する抗生物質を調べてみようと言うアイデアを着想し、このために新しいコンピューターソフトを開発した点で終わっている。もちろんこの3000の中に役に立つ抗生物質の合成経路はあったのかは一番重要な点だろう。しかしこの点に関してはこの論文はまだ物足りない。確かに現在抗生物質として使われている様々なタイプの生物由来化合物合成経路に対応するクラスターを特定し、現在登録されている化合物に近い分子を発見している。その中から、グラム陽性菌への殺菌作用のある新しい化合物lactocillinも発見し、この抗生物質が、正常人の膣内で分泌され、おそらく細菌叢のホメオスタシスを維持するのに役立ってそうだと言う所まで示している。アイデアは面白く、新しい分子も見つけて論文としては十分だが、では製薬会社が今後こぞって人間の細菌叢の探索に走るようには思えない。やはり焦点を役に立つ抗生物質の探索におくより、私たちの身体で日々起こっている細菌同士のせめぎ合いの秘密を理解するもっとダイナミックな研究へと発展すれば面白いのにと思った。更に今回の仕事では抗生物質だけに焦点が当たっているが、宿主との相互作用は細菌叢の役割を考える時最も重要になる。今年腸内細菌からNK細胞の表面にあるCD1に対するリガンドが分泌されてMK機能が変化する事が示された。是非更に網羅的に合成物を予測できるアルゴリズムの開発を望む。ゲノム解読の論文はほぼ毎日のように読んでいるが、今勝負の焦点はアルゴリズムの開発に移って来ている感がある。是非ゲノム数理の研究者が我が国でも育つ事を願っている。

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9月13日:真打ち登場(9月11日号Cell誌掲載論文)

2014年9月13日
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今日は各紙高橋さんのiPS由来細胞を用いた加齢黄斑変性症治療の話で持ち切りだ。実は感覚器の再生医療は、再生医療として最初に重点助成対象に取り上げられた分野だ。これは神戸理研が出来るより更に前の話で、自民党の水島議員の発案だったと覚えている。提案を受けた時、最も難しいテーマから再生医学を始めるのは大変だと思ったが、今から考えると案ずる必要はなかったようだ。その後、ミレニアムプロジェクトとしてES細胞を初め様々な細胞を用いた再生医学助成へと対象が拡がり、今に至っている。高橋さんは最初からずっと見守って来たので、一区切りと言う感じだ。しかしメディアの報道では紋切り型のように安全性の問題が指摘されている。事実、国の委員会でもiPS技術自体の安全性を厳しく追及されたようだ。現役時代言い続けて来た事だが、培養細胞を使う限り100%安全と言う細胞はあり得ない。実際、誰が自分は100%ガンにならないと言い切れるだろうか。腫瘍発生に関する安全性試験は当然行う必要があるが、重要なのは不幸にして腫瘍が発生してもすぐに対処できる事を患者さんに納得してもらう事だ。私がディレクターを務めていたときはその方針で進めており、網膜色素細胞シートからパーキンソン病までは、不幸にして腫瘍が発生してもそれに対応して患者さんの命を危険にさらさないための検討は十分出来ていると思っている。とは言え、私たちの身体の細胞は今使われているiPSよりは安定している。これは細胞のおかれた環境から最適なシグナルが提供されるためで、それぞれの細胞に至適な環境がある。一方培養するとなると、本来の環境を完全に再現する事は出来ないのが普通だ。私たちの細胞の発生、成長、老化などのほとんどのプロセスはこのような環境との関わりで決められる染色体構造の変化に他ならない。従って、臨床的には一定のリスクを許容できるにしても、エピジェネティックな状態を安定に整える方法の開発をおろそかにしてはならない。しかしこれまで紹介して来たように、iPS大国日本では、この分野が極めておろそかになっており、気がついたら日本の技術がガラパゴス化していた事になるかもしれない。今日紹介するケンブリッジの幹細胞研究センターからの論文はヒトiPSを最も未熟な安定状態に保つための培養法の開発についての研究で、昨日のCell誌に掲載された。タイトルは「Resetting transcription factor control circuitry toward ground-state pluripotency in human(ヒト多能性の転写調節ネットワークをground stateにリセットする)」だ。断っておくが、私自身昨年12月までこの研究所のアドバイザリーメンバーで、またこの論文の筆頭著者高島君は私の研究室に在籍していた。また、高島君からの情報や、アドバイザリー会議での議論から、この仕事が続けられた5年間の紆余曲折を良く知っている。しかしだから紹介するわけではなく、マウス多能性幹細胞についてground stateという概念を提出したSmithがヒト多能性幹細胞(PSC)についても、ついに真打ちとしてこの開発競争のとりを務め、この分野の方向性をしめしたと思ったので紹介する。事実7月29日、ここでもう一人の真打ちJaenisch研究室から発表されたPSCのground stateに関する論文を紹介した。その時、かなりマウスground stateに近い状態が達成できている事を紹介したが、驚く事に高島君達はこれとはまた違う条件を使い、違ったground stateを達成している。最も大きな違いはPKC阻害剤を用いる点で、これによりJaenisch達より単純な培養システムが可能になっている。最初PKCの話を聞いた時、高島君が卒業した神戸大学・西塚先生により発見された分子がこの成功の鍵になったのは何かの因縁ではないかと思ったが、この研究ではなぜこの阻害剤が効くかもしっかり答えを出している。詳しい事は全て省いて、新しい方法ではLIF+ERK阻害剤+GSK阻害剤+PKC阻害剤とフィーダー細胞があると、安定で増殖力の高いヒトPSCを維持できると言う結果だ。細胞の接着を維持する目的でフィーダー細胞を使っているが、故笹井さんの開発したRock阻害剤とマトリックスを使えばフィーダーも必要ないようだ。重要なのは、Jaenisch研の方法によるPSCとは少し違った状態を反映していることで、培養条件により、多能性の様々な状態を作りうる事が示され、将来の基礎研究課題としても面白い。論文では、これがマウスground stateに対応する状態に近い事を示すための多くの検証が行われている。淡々とした、わかり易いいい論文だと思う。ground stateからの分化誘導についてのデータなどから見ても、Smith法であれ、Jaenisch法であれ、PSC培養は最終的にはこのようなground stateで維持する方法に変わって行くだろう。まさに真打ち登場と言う感がある。しかし、真打ちがとりをとるのは寄席の話だ。是非我が国の若手から、あっと言う新しい状態の提案や、培養方法が提案されるのを待っている。

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9月12日:スターの力を借りて論文を宣伝する(Journal of Paleontology9月号掲載論文)

2014年9月12日
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今日は読んでいただくのを少しはばかる。世界のメディア各紙がこぞって一つの科学論文を紹介する事はそうない。しかし9月10日にはニューヨークタイムス、ワシントンポスト、デイリーメールなどがこぞって紹介した論文が今日紹介するウェークフォレスト大学とデューク大学からの論文でJournal of Paleontology9月号に掲載された。タイトルは「Anthracotheres from Wadi Moghra, early Miocene, Egypt(中新世代エジプトのWadi Moghraから出土するAnthrocotheres)」だ。Anthrocotheresはカバと同じ偶蹄類の絶滅哺乳動物で、この名前は最初フランスの炭坑で見つかった事からつけられた名前だそうで、石炭獣とでも訳せば良い。約2000万年前位に生息し、カバの先祖ではないかと研究が続けられているが、特にWadi Moghara(洞窟の谷)と呼ばれるエジプトの南部湿地地帯が多くの化石が出土する地域として発掘が続いている。しかし、この論文がどうして多くのメディアに報道される事になったのだろう?実は私も、ニューヨークタイムズで紹介していなかったらおそらく読む事はなかっただろう。ともかく読もうと心に決めて読み始めたが、しかし化石についての一般論文は結構読むのが大変だ、と言うより読む気にならない。計測や、これまでの化石との関係、標本番号など、専門家には大事だが、専門外の私には到底意味のない文字が並んでいる。思ったより写真も少ない。しかしサマリーと短いディスカッションを読むと、Moghra地区で出土するAnthrocotheresの様々な種を整理し、今回見つかった2種類と比べているようだ。とはいえそれぞれの系統関係などあまり議論がされておらず、極めて記述的でメカニズム、メカニズムとすぐ思う私にとっては不思議な論文だ。いずれにせよこの論文のハイライトは今回見つかった新しい絶滅種をjaggermeryx naidaと名付けた点にある。この種の特徴は下顎に開いた4つの神経を通す穴で、これは下唇の運動がかなり精緻に調節されていた事を思わせる。この発見から著者等はミックジャガーの唄っているときの大きな下唇や下顎の複雑な動きを思い出したようだ。ほ乳動物の進化にとっては勿論大事な発見だろうが、それにしてもミックジャガーを思いついてJaggermeryxと名前を付けなければメディアも紹介する事はなかっただろう。いずれにせよ、サイエンスコミュニケーションの難しさを思い知らされる論文だった。ただ、有名人の力を借りてなんとか自分の論文を注目させようとすることは別に珍しい事ではないようだ。同じニューヨークタイムズの記事によると、ミックジャガーは既に三葉虫の学名(Aegrotocatellus jaggeri)に使われているそうだ。他にも同じローリングストーンのキースリチャードも同じ三葉虫に名前を残している(Perirehaedulus richardsi)。果ては、最近乳がん遺伝子で騒がれたアンジェリーナジョリーはクモの学名に名を残しているようだ。(Aptostichus angelinajolieae) 物知りになったと言う意味では、今日はニューヨークタイムズの方がためになった。更に有名人の名がついた学名を調べたい人達には(http://abcsofanimalworld.blogspot.jp/2011/09/animals-named-after-famous-rock-stars.html)がお勧めサイトだ。

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9月11日:免疫と自然免疫を補体がつなぐ(9月5日号Science誌掲載論文)

2014年9月11日
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私たちの身体の中には2種類の免疫機構がある。一つは抗原特異的反応で、抗体反応や、T細胞の細胞性障害反応がこれに当たる。一方、自然免疫と呼ばれている機構もあり、これは細菌の細胞壁に存在する物質や核酸に対して即座に反応し、炎症を誘導して身体を守る仕組みだ。外来物質に対する特異性を考慮すると、外界から侵入する細菌やビールスに対しては、先ず自然免疫が対応して手当り次第に 病原体の増殖を抑え、その後特異的な免疫反応を誘導して標的となる病原体だけを処理すると言うなかなか合理的な仕組みだ。では両者は全く別々の機構なのか?病原体侵入直後の自然免疫反応が、その後の免疫反応誘導を促進すると言った共同作用についてはこれまでも知られていた。今日紹介する英国ケンブリッジMRCからの論文は、特異的抗体がでてきた後、抗体の結合した病原体が細胞内に取り込まれ自然免疫反応を誘導する新しい仕組みについて明らかにした研究で、9月5日号のScience誌に掲載された。タイトルは「Intracellular sensing of complement C3 activates cell autonomous immunity(細胞内のC3検出機構は細胞内因性の免疫を活性化させる)」だ。正直、どうしてこのような事が今まで気づかれなかったのか不思議なくらい面白い現象だ。侵入する病原体に対する抗体が結合すると、病原体に対する貪食機能を促進したり、病原体の細胞内への侵入を阻止する中和反応を起こしたり、あるいは補体と言うタンパク質分解系を活性化させ、病原体を分解する事が知られている。この補体の成分の一つC3が病原体とともに細胞内に取り込まれ、細胞内で自然免疫を活性化させることで、病原体排除に一役買うと言う事を初めて示したのが、この研究だ。このグループは免疫に関わるリンパ球やマクロファージと言った特殊細胞とは異なる普通の細胞(ここでは胎児腎臓細胞株)が病原体に直接反応できるか調べていた。そして、細胞はビールスや細菌などの病原体自体には反応できないが、病原体をそれに対する抗体を持つ人間の血清で前処理すると反応できるようになり、自然免疫反応に関わるシグナル経路が活性化される事を発見した。実際にはこの発見が全てで、後はトントン拍子で研究は進む。1)細胞内に取り込まれたときだけ自然免疫が活性化する。2)抗体だけではだめで、補体の中のC3が抗体と結合しているときだけ反応が起こる。3)誘導される反応はほとんど自然免疫と同じで、炎症を引き起こすサイトカインが分泌される、4)ほとんどのほ乳動物でこの機構が存在する、5)どんな病原体でも抗体が出来れば有効、そして5)MAVSと呼ばれるミトコンドリアに存在する分子がC3のセンサーとして働き、自然免疫回路を活性化させている事を突き止める。他にも、ビールスが補体と抗体の結合を弱める機構を開発する事で、この反応を回避している事まで明らかにしており、内容は盛りだくさんだ。新しい事をしっかり理解できたと言う気持ちにさせる論文だ。著者等は慎み深く、勝手に様々な事を議論すると言うスタイルはとっていない。しかし素人が見ても、このメカニズムはクローン病を始め様々な慢性炎症で、免疫と自然免疫をつなぐ鍵になっているかもしれない。新しい抗ビールス薬の開発だけでなく、まだ試行錯誤の続く慢性炎症治療薬の開発に道が開かれるのではと期待したい。

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9月10日:老化幹細胞を活性化する(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2014年9月10日
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血液や皮膚など多くの組織では、成熟した細胞が毎日失われている。これを補うため、幹細胞システムが必要だ。今幹細胞の老化の仕組みについての研究が盛んだ。今年4月15日に紹介したが、115歳の老人の造血はたった2個の幹細胞でまかなわれている事が報告されている。若い時には何百もあるはずで、老化とともに幹細胞が失われて行く事をはっきりと示している。これを防いで幹細胞を若返らせる事が出来ないか?これまで、様々なメカニズムが明らかになって来た。低酸素反応、DNA損傷に対する修復機構など、一種のストレス反応に対する機能は老化とともに確かに低下するようで、まあ仕方ないなと納得する論文が多い。しかし今日紹介するオタワ大学、Michael Rudnickiグループからの筋肉幹細胞に関する研究は、これまでとは少しおもむきが違っていた。同じ時に、アメリカのサンフォード・ブルハム研究所から同じ内容の論文が出ているが、ここではRudnicki達の論文を紹介する。タイトルは「Inhibition of Jak-Stat signaling stimulates adult satellite cell function(Jak-Statシグナル抑制により成人の筋衛星細胞の機能を活性化する)」だ。衛星細胞と言うのは、筋肉組織に存在する幹細胞で、失われた筋肉細胞をゆっくりとではあるが再生するために必須の細胞だ。他の幹細胞と同じで、衛星細胞も老化とともにその機能が低下する。幸い筋衛星細胞は他の細胞から区別して集める事が出来るので、老化によってどのような変化が起こっているのかが調べられた。その結果、通常炎症反応と考えられている回路、即ちJak-Stat回路が活性化している事を突き止めた。実際にこの回路の活性化が衛星細胞老化の原因かを調べるため、様々な方法でこの分子の機能を押さえると、試験管の中でも、身体の中でも確かに幹細胞の活性を元に戻す事が出来る。最後に、このシグナル経路を抑制する薬剤を筋肉に注射し、障害した筋肉の再性能を調べてみると、細胞数も筋力も大きく改善したと言う結果だ。この研究では、Jak-Stat回路を活性化している環境因子が何か?あるいはこの回路の活性化により誘導されるどの分子が幹細胞機能を抑制しているのか?については明確ではない。ただ、慢性炎症によりこの回路が活性化され、衛星細胞が増殖より分化の方向に進む事で老化が進むと想像する事が出来る。とすると、今度は炎症と言うストレスが、幹細胞の機能を損うストレスになっている事を示している。この研究にあるように、炎症に対する反応を抑制しても幹細胞は若返らせる事が出来るが、何よりも炎症が起こらないようすることで幹細胞を守る事が重要だろう。事実、血管の動脈硬化や糖尿病も一種の慢性炎症の結果ではないかと考えられている。しかしひょっとしたら、ストレスなしの生活を送るほど、ストレスの多い事はないかもしれない。人生は複雑だ。

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9月9日:妊娠時低栄養による胎児代謝異常の犯人(Journal of Clinical Investigationオンライン版掲載論文)

2014年9月9日
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ここでも何回か紹介したが、妊娠時に飢餓やダイエットで低栄養にさらされると、胎児や、時によっては孫の代まで様々な代謝異常が起こる事が知られている。この現象は、最初第二次世界大戦中にアムステルダムで飢餓にさらされた妊婦さんから生まれた子供の追跡調査によって初めて認識されるようになったが、現在では動物モデルでも確認され、基礎的研究が可能になっている。特に中年以降の糖尿病が増加する事から、糖尿病研究にとっても重要な課題として研究が続けられて来た。今日紹介するミシガン大学からの研究もこの様な基礎研究で、妊娠時低タンパクにより胎児側に誘導される変化を担う犯人分子を探索する研究で、オンライン版のJournal of Clinical Investigationに紹介されている。タイトルは、「Maternal diet-induced miroRNAs and mTOR underlie β cello sysfunction in offspring (母親の低栄養により誘導されるミクロRNAとmTOR分子が子供のβ細胞異常の基礎になっている)」だ。この研究では、一般的低栄養ではなく、低タンパク食に焦点を当てて研究し、これによって胎児側で起こってくる代謝異常の犯人探しが行われている。詳細は全て省くが、妊娠時低タンパク食で育てられた妊娠マウスから生まれた子供は大人になってもインシュリンの産生が低く、グルコース負荷にうまく対応できない。この異常の分子原因を調べて行くと、インシュリン遺伝子自体や膵臓β細胞分化・維持に必須の転写因子Pdxの発現が低下している。これらの異常の原因を更に遡ると、栄養など細胞外の環境と細胞内の代謝システムを統合している鍵となる分子mTORの発現が低下している事を突き止める。更にこの低下の原因を探ると、この分子のタンパク質翻訳を調節しているミクロRNA(microRNA-199a-3p)が今度は上昇している事を突き止めた。このミクロRNAは特定のセットの遺伝子がRNAからタンパク質へと翻訳される過程を抑制する分子で、今回特定されたミクロRNAはmTOR遺伝子調節に関わる事がわかっている。なぜこのミクロRNAが胎児で上昇するのかについてはまだ明らかに出来ていない。おそらくミクロRNAの発現を抑制しているエピジェネティックな機構が低タンパクにより変化し、ミクロRNA発現が上昇、それが次にmTORの発現を押さえると言うシナリオの可能性が高い。研究では、妊娠末期に短い期間mTORの機能を回復させるだけで、子供の異常が軽減される事を示しており、将来の診断と治療へ向けた研究の糸口が得られたと評価できる。実際、生命科学の知識がある者にとってこの異常の原因がmTORに集約して来たと言う事実は、最も正当な分子に落ち着いたと言う印象が強く、極めて納得の結果だ。このように、臨床、基礎、臨床と言う研究のサイクルがうまく回って、生活習慣による病気を予防できるようになる事を期待する。このトピックスを取り上げたときは必ず叫ぶ事にしているが、妊娠中に無理なダイエットをする事は間違ってもしないようお願いしたい。

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9月8日:正直ものを脳から見分ける(Nature Neuroscience誌オンライン版掲載論文)

2014年9月8日
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高次神経機能にどの脳領域が関わるかについては、脳出血や外傷によって局所的に脳組織が失われた患者さんを使った研究に頼る所が大きい。特に、やる気があるかとか、道徳観などと言った人間特有の機能については、これ以外のアプローチは限られている。9月3日号のNeuron誌(83、1,2014)に、様々な高次機能に関わる事がわかっている前部前頭葉(PFC)の障害に起因する症状についての詳しい概説が掲載されていた。勿論わざわざ総説を読まなくとも、神経科学者で医師のアントニオ・ダマシオが書いた「デカルトの誤り」には、PFCに外傷を受けた後、性格が変わってしまった症例などがわかり易く紹介されているので推薦する。しかしこの様な症例に関する論文や本を読むと、道徳観に関わる様な人間特有の脳機能を調べる場合、まず客観的検査法の開発が重要である事がわかる。今日紹介する論文は、正直さや利他性に関わる道徳観を客観的に調べるゲーム式テストの結果を、PFCの器質的障害と関連づけようとするバージニア工科大学からの研究で、Nature Neuroscience誌オンライン版に掲載された。タイトルは「Damage to dorsoateral prefrontal cortex affects tradeoffs between honesty and self-interest(前部前頭葉背側部の障害は正直対自己中心的態度の間の立ち位置選択に影響する)」だ。ここで使われているテストは、シグナルゲームと呼ばれるテストで、わかり易く言うと被験者が何かを売る店の主人になって客に商品を勧めると言う状況を考えればいい。勿論売った時どれだけ儲かるかは自分しか知らないとすると、勿論もうけの薄いものより、多いものを売ろうとする。ただ、普通の人は一方的にもうける事には罪悪感を感じるのが普通で、客の得になるよう振る舞う事も多い。この様なゲームを行うと、正常の人だと客も利益率など情報を全て知って選ぶ場合と比べた時、決して大もうけする事はないのだが、この道徳観が欠如した人では大もうけすると言う結果が出てくる。こんなテストを、正直さに関わるとこれまで考えられて来た前部前頭葉の背側部、及びそれより前方の眼窩前頭野に障害をもった患者さんに受けてもらい、脳障害の影響を調べている。結果は明確で、正常人は予想通り大もうけしない。また、これまで正直さに関わるとされて来た眼窩前頭野の障害を持っている患者さんも大もうけしない。しかし前部前頭葉背側部に障害があると、正直に客に情報を伝えないことで大もうけすると言う結果だ。結論的には、正直かどうかの客観的テストは可能で、これに関わる脳領域も特定できると言う面白い結果だ。ただ、読後感は複雑だ。もし客観的に正直かどうかを知るテストが本当に開発されたとして、このテストの結果をもとに人を選別していいのか?また、これに関わる部位が障害されているからと言って人を選別していいのか?是非、いい人と悪い人を区別して選ぶべきだと言う人に、この質問を投げかけてみたい。

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9月7日:多発性骨髄腫の治験情報(9月4日発行The New England Journal of Medicine掲載論文)

2014年9月7日
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多発性骨髄腫についてはこれまで2回紹介した。一回はエクソーム解析の結果についてで、骨髄腫では早くから異なる突然変異がガンの中に混在するため、ガンの増殖に関わるがん遺伝子を突き止め、分子標的治療を行う事が難しいという残念な報告だった。一方、最近サリドマイドに変わる薬として使われ始めようとしているレナリドマイドが、サリドマイドと比べた時IKZFと呼ばれるリンパ系細胞の発生に関わる分子に高い特異性を持っており、効き目が強く副作用が少ない事が期待できる事を紹介した。ただ現在の所では、骨髄腫に対する標準治療はMPT、即ち古くから使われて来たメルファランと呼ばれるアルキル化剤、プレドニン、そしてサリドマイドだ。現在ではこれに、自己の血液幹細胞移植を組み合わせ、先ず高濃度のメルファランでたたいてから、造血機能や抵抗力を抹消血から集めておいた自己の血液幹細胞を移植し回復を計ると言う治療法が行われ、良い成績を得ている。今日紹介する2編の論文は、基本的に骨髄腫治療に対するレナリドマイドの効果を調べた第3相試験の結果で、9月4日号のThe New England Journal of Medicineに続けて掲載されている。一編はイタリアトリノ大学からの論文、もう一編はヘルシンキ大学から論文で、それぞれ「Autologous transplantation and maintenance therapy in multiple myeloma(骨髄腫の自己幹細胞移植と維持療法)」及び「Lenalidomide and dexamethasone in transplant-ineligible patients with myeloma(自己幹細胞移植の出来ない骨髄腫に対するレナリドマイドとデキサメサゾン治療)」がタイトルだ。詳しい内容は全て割愛するが、最初の論文では、治療の中心をレナリドマイド、デキサメサゾンに据えて、それに加える様々なプロトコルを試した第3相試験だ。結論としては、先ずレナリドマイドとデキサメサゾンで約一ヶ月導入療法を行った後、メルファランの大量療法に自己幹細胞移植を組み合わせた4ヶ月コースを2サイクル繰り返し、その後レナリドマイドを飲み続けると言うプロトコルが最も効果が高い事が示されている。この方法だと、半分の患者さんが4年近く病気の進行なしに過ごす事が出来る。これに対し、他の方法だと大体2年で病気の進行が始まり、この差は大きい。将来の治療の中心になって行く事が予想できる。しかし残念ながら65歳以上の患者さんの多くは高濃度のメルファランと移植と言うプロトコルには耐えられない。従ってこれまでMPTという組み合わせが使われて来たが、この従来法と、メルファランを使わず、レナリドマイドとデキサメサゾンのみの組み合わせを検討したのが2番目の第3相試験だ。結果だが、腫瘍の進行を止められる期間が従来の方法では21ヶ月なのに対して、レナリドマイド、デキサメサゾンの組み合わせでは25ヶ月と明らかな延長が見られる。4年目で見た生存率は51%対59%で、劇的とは言えないが有意な差と言える。重要な事はメルファランを使わないため、副作用が少なく生活の質を向上させる事が出来る。骨髄腫には他にもプロテアソーム阻害剤の効果も確かめられており、骨髄腫に対する治療は着実に進展している事は明らかだ。患者さんの期待に答えられるよう、さらに最適のプロトコルへが開発される事を期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ
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