8月27日:進化を巻き戻すII : マウスを魚化する(8月21日号Cell Reports掲載論文)
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8月27日:進化を巻き戻すII : マウスを魚化する(8月21日号Cell Reports掲載論文)

2014年8月27日
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38億年前地球上に生命が誕生してから、ヒトも含めて生命が関わるあらゆる過程は不可逆的散逸を繰り返して来た。このため過ぎ去った過去についての研究、進化研究は、過程を遡ることが原理的に出来ないと言う制限の中で行わざるを得ない。とは言えなんとか巻き戻したいと考えるのが人情だ。想像力でつなぎながらも、他人を納得させる形で時間の遡行を体験しようと様々な努力が繰り返される。試験管内で進化を巻き戻す、そんな研究の一つを8月12日紹介した。今日も「進化を巻き戻す第2弾」として、ドイツ・フライブルグのマックスプランク研究所からの研究を紹介する。我が国の国立遺伝研や京都大学も参加している研究で、8月21日 発行、Cell Reports誌に掲載されている。タイトルは「Conversion of the thymus into a bipotent lymphoid organ by replacement of Foxn1 with its paralog, Foxn4(Foxn1をそのパラログFoxn4で置き換えると胸腺がT,B両方の細胞発生を誘導するリンパ組織に変換する)。」だ。この研究を率いるThomas Boehmは胸腺の欠損したヌードマウスの原因遺伝子がFOXN1と呼ばれる転写因子であることを初めて特定した研究者で、それ以後ずっとこの遺伝子について研究している。FOXN1には同じ遺伝子から重複して来た兄弟遺伝子(パラログと呼ぶ)FOXN4が存在しており、魚類ではFOXN1,4両方が胸腺で発現している。一方哺乳動物ではFOXN1だけしか発現していない。機能的に比べると、魚の胸腺ではT,B両方の細胞が作られるのに、ほ乳動物ではほぼT細胞だけだ。B細胞は動物が陸上で生活し始めると、新しく出来た臓器、骨髄で作られるようになる。研究は、この機能の差が、FOXN遺伝子の発現パターンの差ではないかと仮説を立て、マウスの胸腺がFOXN4あるいは、FOXN1、FOXN4両方が胸腺で発現するように遺伝子操作をし、機能が魚型になるか調べている。両方のパラログ遺伝子はほとんど機能が同じと考えられ、FOXN1をFOXN4で置き換えてもT細胞を作る能力は保たれる。ただ、普通なら出現しないはずのB細胞もFOXN4で置き換えた胸腺では作られるようになり、胸腺の機能が少し魚に近づいた。これに励まされ、魚と同じように両方のFOXN遺伝子が胸腺で発現するように操作したマウスを作ると、FOXN4に置き換えただけのマウスと比べ、さらに多くのT,B細胞を作る胸腺に生まれ変わることが明らかになった。なぜこの変化が生まれるのかについてはFOXN4が胸腺で発現することで、T細胞への運命決定に必要なDLL4と未熟B細胞増殖に必要なIL7の発現にアンバランスが生じるためであることを実験的に示している。勿論詳細についての実験は今後も必要だが、実験的にマウスの進化を巻き戻すことに成功したと言っていいだろう。即ち、骨髄のない水生脊椎動物が陸に上がると、骨髄が現れる。これと同時に、胸腺や脾臓で作られていたB細胞だけが骨髄で作られるようになるが、その時FOXN4遺伝子の胸腺内発現を止めることで、胸腺からB細胞を骨髄へと追い出すというシナリオを実験的に確かめている。一種の実験進化学の研究だが、こうして生まれた魚型胸腺は再生医学にも役に立ちそうだ。魚型の胸腺を用意しておけば、T,B両方の細胞を試験管内でも作れるようになる可能性がある。8月24日号のNature Cell Biologyに発表した論文で、友人のエジンバラ大学BlackburnはFOXN1で線維芽細胞をリプログラムして胸腺上皮に生まれ変わらせ、そこでリンパ球を作らせることに成功している。この系にFOXN4も発現させればT,B両方を作ることの出来る魚型の胸腺が出来るはずだ。このように、生命科学では進化研究も再生医学もあまり違いがない。
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8月26日:自律神経がガンを助ける(Science Translational Medicine8月20日号掲載論文)

2014年8月26日
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胃の動きや胃液分泌を促しているのが迷走神経で、何かストレスを感じると胃にグッと来るのはこの神経の働きが、私たちの脳で脳の高次活動とつながっているせいだ。このため、ストレスで起こる胃・十二指腸潰瘍などでこの神経を切ってしまうという治療が行われることがある。ただ、迷走神経が胃の幹細胞やガン細胞を促進するなど想像だにしなかった。今日紹介するノルウェー科学技術大学と米国コロンビア大学からの論文は、この迷走神経が胃がんの発生や、その増殖を助けることを示した研究で、8月20日号のScience Translational Medicineに掲載された。面白い研究は当たり前と思っていることについて疑問を抱くところから始まる。胃がんの8割は胃の小湾部に発生するが、この研究はなぜこの差が生まれるのかという疑問から始まっている。著者等はこの原因として、小湾部から胃に入ってくる迷走神経密度が小湾部で高いためではないかと疑った。これを確かめるべく、マウスモデルで迷走神経と胃の連結を断って、胃がんの発生やガン細胞の増殖に対する効果を先ず調べている。予想は正しく、迷走神経支配が断たれると、発ガン率が低下し、また出来てしまったガンの増殖も遅くなる。更にガンの化学療法モデルで治療効果を調べる実験系でも迷走神経切除の効果は絶大で、マウスの生存率が大幅に延長する。臨床的にはこれで十分だが、次に著者等はなぜ迷走神経がガンの増殖を促進するかのメカニズムを追求し、迷走神経がムスカリン受容体を介して胃の上皮幹細胞を直接刺激し、幹細胞の増殖に必要なwntと呼ばれる増殖因子を分泌するようになり、幹細胞が自発的に増殖し始めることで、ガン化リスクが上がることを示している。これまで神経細胞が幹細胞を支えるニッチに働いて幹細胞の増殖を間接的に調整する可能性は示唆されていた。この研究で、神経が直接幹細胞に働きかけるルートが示されたことは、幹細胞研究から見ても面白い。ではヒトの胃がんでも同じことは起こっているのか?これを確かめるため、胃がんの組織を調べて、確かに増殖速度の高いガンほど周りに迷走神経が集まって来ていることを示している。ひょっとしたら、ガンの方も神経に働きかけて自分の増殖に都合のいい環境を作っているのかもしれない。更に、胃切除部に再発してくる胃がんの発生頻度を事後的に、迷走神経切除群と、非切除群で比べて、迷走神経切除群では小湾部のがんの再発が強く抑制されていることを示している。臨床で発生した疑問から、基礎研究、そして再度臨床研究に戻るという優れた疾患研究だ。更にムスカリン受容体を抑制するとガンの進行を抑制できるという治療可能性も示唆した点でも、トランスレーショナル研究の手本だろう。しかし、これが正しいとストレスがたまり、迷走神経が高まる状態は、ガンを助けていることになる。気をつけたい。
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8月25日:コロンブスのアメリカ発見と結核(Natureオンライン版掲載論文)

2014年8月25日
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梅毒はコロンブスのアメリカ発見以後、新大陸からヨーロッパにわたり50年以内に世界中に拡がったと考えられている。これは、我が国も含めてそれ以前に梅毒と同じ症状に関する記載がないことからの推理だ。一方、コロンブスの発見後ヨーロッパ人がアメリカに結核を持ち込み、この流行が新大陸原住民の人口の減少につながったとされている。事実、遺伝子比較を行うと、アメリカ原住民の結核もヨーロッパ人の結核と同じであり、これを裏付けている。ただ梅毒と異なり、コロンブス以前のアメリカ原住民の骨格の中に、結核によるカリエスと思われる病変が認められると言う記録が多くある。従って、コロンブス以前のアメリカには別の結核菌による結核が存在したと考えられている。この結核菌とは現在世界に存在する結核菌のどれに近いのか?この問題に挑戦したのが今日紹介するドイツチュービンゲンの考古学研究所からの研究で、Nature誌オンライン版に掲載された。タイトルは「Pre-Columbian mycobacterial genomes reveal seals as a source of new world human tuberculosis (コロンブス以前の結核菌ゲノムは新世界現地人の結核がアザラシを起源としていることを明らかにした)」だ。研究ではコロンブスのアメリカ発見以前の南米原住民の骨格の中でカリエスの症状がはっきりしている骨格を68例集め、その中から結核菌を分離している。幸い3例の骨格から完全な結核菌DNAを採取することに成功し、このDNA配列を解読、現存の全ての結核菌と比較している。結果は全く予想外で、コロンブス以前アメリカ原住民に流行していた結核菌は、現在の結核とは全く異なり、なんと現在のアザラシやアシカに特異的に感染している結核菌に最も近い種類であることが示された。アザラシの成育範囲から見て、コロンブス以前の結核が1万年前ベーリング海峡を通って移動した新大陸原住民の祖先と一緒にやって来たことは考えにくい。実際、この結核菌のアザラシ型とヒト型の分離時期を計算すると2500年より新しい。従って著者等は、おそらくアフリカに生息しているアザラシが南米に渡来し、それが人に感染しながら変異を重ね、コロンブス以前の南米で流行したヒト型結核菌へと進化したのではないかと想像している。同じ研究で、オーストラリアのアザラシにも700年以前に分かれた系統の結核菌が確認されている。とするとキャプテンクック以前のオーストラリア原住民からも同じ系統の菌が見つかると予想される。研究が待たれる。人間や動物が感染症と闘いながら進化してきたことを物語る面白い論文だ。私が京大胸部疾患研究所で研修医をしていた頃、京都市動物園からキリンから抗酸菌が検出されたがどうしたらいいかと電話をもらった記憶がある。当時菌の系統の特定、特に動物の抗酸菌の特定は難しかった。あれから40年、全く時代が変わったと感慨が深い。
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8月24日:同じサルモネラ菌も組織内では多様性を示す(8月14日号Cell誌掲載論文)

2014年8月24日
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サルモネラ菌は食中毒の原因としては最も多い細菌だ。勿論抗生物質で治療が可能だが、完全に死滅せず慢性化することがある。あるいは症状があまり強く出ずに菌だけが出続けることがある。そんな時調理に関わったりすると、集団食中毒が起こる。この様な多様性は遺伝子の突然変異で起こると思いがちだが、試験管内で抗生物質抵抗性を調べても変異が見つからないことも多い。おそらく同じ細菌でもおかれた状況で性質の違いが生まれ、慢性化や抗生物質抵抗性が起こったのだろうと想像するが、そのメカニズムを調べることは簡単でなかった。この問題に挑戦し、遺伝的原因なしに生じてくるサルモネラ菌の多様性を示したのが今日紹介するバーゼル大学からの論文で、8月14日号のCell誌に紹介された。タイトルは「Phenotypic variation of salmonella in host tissues delays eradication by antimicrobial chemotherapy(宿主の組織内で生じるサルモネラ菌の性質上の変化が抗生物質の効き目を遅らせる)」だ。しかしどうすれば遺伝的には同じサルモネラ菌内の違いを見つけることが出来るのか?このグループは、サルモネラ菌にTimerと名付けた蛍光標識分子を導入することでこの課題を解決した。TimerはDsRedと呼ばれる赤い蛍光タンパク質の突然変異として見つかった分子で、細菌内で発現した時、異なる成熟経路をとって片方は緑、もう一方は赤の蛍光物質になると言う不思議な分子だ。この時、緑の分子は成熟が早いが、赤の分子に成熟するのに時間がかかる。従って、一つの細菌がほとんど分裂しないとすると、先ず緑になった後、赤の色素が遅れて出て来て混じり合うので鮮やかなオレンジ色に変わる。一方、細菌が増殖していると、分裂後の細胞で新たに作られる分子と、分裂前に作られた分子が混じることになるが、分裂前の分子は倍に薄まっている。それぞれの分子は一定の時間で緑と赤の色素に変化するので、色とその強さを測定すると、細菌の分裂状態を決めることが出来る。要するにこのTimerを使うと、それを発現している細胞の分裂速度を推定することが出来ると理解してもらえばいい。Timerを開発できたことがこの研究の全てだ。実際このサルモネラ菌を摂取すると、増殖速度の異なるサルモネラ菌が組織内で出来ているのが確認できる。組織内で観察すると、確かに場所に応じて違う蛍光色のサルモネラが見つかる。重要なことは、この違いが遺伝子の変異ではなく、細菌の発現するタンパク質のパターンの差に反映されていることだ。即ち、色の違う(即ち増殖速度の違う)細菌を別々に分離してタンパク質の発現を調べると、それぞれに対応する特有のタンパク質発現パターンの違いを特定できる。組織内の細菌の性質が自然に多様化することが目に見える形で示された。次にこの様な多様性を持つサルモネラ菌が組織内で抗生物質にどう反応するか調べると、分裂していない菌ほど抵抗性が高い。しかし分裂しない菌はまれにしか存在せず、実際に慢性化に関わるのが、ゆっくり分裂して抗生物質に適度に抵抗性を持っている、中途半端な性質を持つサルモネラ菌であることが突き止められた。まとめると、組織内の環境の差がサルモネラ菌の多様性を発生させ、抗生物質抵抗性や慢性化の原因になっていると言う結論だ。これまで細菌の多様性と言うと、細菌のコロニー形成能を使った遺伝的変異しか検出できなかった。勿論実際の食中毒を引き起こすサルモネラ菌にはTimerなどは発現していない。しかし、モデル実験系で、多様性を発生させ、慢性化や抗生物質抵抗性に関わる分子基盤を特定できれば、臨床サンプルでも多様化パターンを見いだすことが可能になるだろう。なかなか面白いテクノロジーだと思う。
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8月23日:RNA干渉薬によるエボラウィルス感染治療の可能性(8月20日号Science Translational Medicine掲載論文)

2014年8月23日
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RNA干渉は(siRNA)、長さ20-25塩基対のRNAにより特定のメッセンジャーRNAを破壊してしまう方法で、希望する分子の細胞内での発現を特異的に抑制する方法として期待されている。問題は、RNAが目的の細胞内に到達する効率が低いことで、この効率を上げようと開発競争が繰り広げられているが簡単ではない。最初ほとんどの大手創薬では核酸薬部門を設定して開発を行っていたが、細胞内へのデリバリーは困難と結論して、撤退した会社も多い。それでも、効果を持つRNA自体は開発が容易なため究極のテーラーメード医療になる。現在この方法を使おうとする主な標的はガンと感染症だ。特にウィルス性肝炎などでは、明らかに効果があることが確認され始めていた。今日紹介するカナダの製薬ベンチャーTekmiraとテキサス大学からの論文は、マーブルグウィルス感染症にRNA干渉が有効であることを示した研究で、8月20日発行のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Marburg virus infection in nonhuman primates:therapeutic treatment by lipid-encapsulated siRNA(サルでのマールブルグウイルス感染:脂肪にくるんだsiRNAによる治療)」だ。マールブルグウィルスと言っても聞き慣れないと思うが、実は今世界の課題になっているエボラウィルスと同じフィロウィルスの仲間だ。この研究では、ウィルスRNAがコードする7つの分子の一つNP(核蛋白)遺伝子に対するsiRNAを用意し、これを細胞内デリバリーのために脂肪でくるみ、それを静脈内投与している。結果は極めて明快で、ウィルス感染が完全に成立してウィルスが血中に現れた段階でも、100%のサルを完全に治癒することが出来たと言う結果だ。この方法で、血中からウィルスが消失することも確かめている。論文では、特に病気の後期でも効果があることが強調されている。この結果は、将来予想されるマールブルグウィルス感染に対して備えが出来たことを意味するだけではない。最も期待されるのは、現在流行しているエボラウィルスにも同じ方法を使える可能性だ。事実このグループは2010年The Lancet誌に同じ方法を用いてエボラウィルスを感染させたサルを治療できることを示している。この時選ばれたウィルス分子は今回選んだNP分子とは違っていたが、デリバリー方法も含めてこの方法の有効性を示すには十分だ。RNA干渉法が機動性の高い方法であることを示す意味でも、今回の流行で臨床研究が行われることを期待する。RNA干渉は発見されてまだ15年もたたない現象だ。様々な問題があるとは言えこれほど短期間で臨床応用が可能になりつつあるのを見ると、医学は着実に進歩していることを実感する。今後も是非この進歩の紹介を続けたい。
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8月22日:ネアンデルタール人の消滅(Nature誌8月21日号掲載論文)

2014年8月22日
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日本人にとって、ネアンデルタール人の話は遠いヨーロッパの話に聞こえるのか、この話題は我が国ではあまり関心をひかないようだ。しかし欧米では、ネアンデルタール人の報道は今やiPSより加熱していると言っていい。本当は私たち日本人にとっても他人ごとではない。何度も紹介して来たように、日本人にもネアンデルタールの遺伝子が伝わっている。即ち血のつながりがあるのだ。このことを今確信できるのは、ドイツライプチッヒのマックスプランク研究所の所長だったペーボさんたちがネアンデルタール人の全ゲノムの解読に成功したおかげだ。それ以前は、残っている骨の形と、同じ場所から出土する石器等の分析から、おそらくネアンデルタール人と私たちの先祖はほとんど交流がなかったと考えられていた。しかし動かぬ証拠を受けて、今度は考古学が新しい科学を駆使して私たちの祖先とネアンデルタール人との文化交流の可能性について迫ったのが今日紹介するオックスフォドー大学を中心としたグループの論文だ。8月21日号のNatureに掲載されたが、BBCでもすぐに大掛かりな紹介を行っている。論文のタイトルは「The timing and spatiotemporal patterning of Neanderthal disappearance(ネアンデルタール人の絶滅の時期と時間的空間的パターン)」だ。この研究の材料は骨やDNAではない。調べているのは様々な文化を代表する石器だ。ネアンデルタール人も優れた石器を使っていたが、これはムスティエ文化と名付けられている。一方、我々の先祖といえるクロマニヨン人はその石器の形態からオーリニャック文化を形成したことが確認されている。実はその間に、ウルッツァ文化、シャテルペロン文化が特定されているが、これらの石器の作者がネアンデルタールなのか、ホモサピエンスなのか議論が分かれていた。研究では、数多くの箇所から出土した200近い石器の年代分析を、最新の加速器質量分析機を用いてこれまでよりはるかに正確に行うとともに、ベイズ推定法を用いてモデルを作成し、それぞれの文化がどこでいつ始まり、終わったのかを推定している。どうしても断定が難しい考古学の研究と言うこともあって、論文の論調は控えめで、様々な可能性を考慮した書きぶりだ。しかし、この論文の著者の意見は、ムスティエ文化の消滅がネアンデルタールの消滅に相当し、ウルッツァ文化やシャテルペロン文化はおそらく私たちの祖先の産物だと考えたいようだ。重要なのは、3つの分化が地域的には分離していても、時間的にほとんど同じ時期に終わっていることだ。オーリニャック文化が始まる前、ウルッツァ文化とシャテルペロン文化が新たに興り、ムスティエ文化と共存する約5000年、ネアンデルタール人は私たちの先祖と接して生活していたようだ。このことは、ネアンデルタール人が私たちの先祖と出会ってすぐに絶滅したわけではないことを示している。この5000年にどんなことが起こったのか?そしてなぜネアンデルタールだけが消え去ったのか?この共存以降のホモサピエンスの遺伝子解読が行われれば更に面白い物語が聞けるかもしれない。5000年の交流の間に、ネアンデルタール人が言語に必要な象徴を使う思考を身につけたのか?勿論これも最重要課題だ。ゲノム科学と考古学の交流がますます活発になりそうだ。
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8月21日:英国科学界によるリチャード3世暴き(Journal of Archaeological Scienceオンライン版掲載論文)

2014年8月21日
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歴史の多くは書かれた文書の断片を集めて再構成される。この方法論は2つの問題を抱えている。先ず書かれた文書にはウソがある。次に記録の量が、その人の属する階層と比例しており、自ずと高い階層についての記録のみで再構成される。しかし世襲が確立している社会ならともかく、ある個人の階層は時代とともに代わるため、王と言っても記録が抜けていることはいくらでもある。例えば、ナポレオンの子供時代を考えると良い。記録が乏しいためか逆に多くの逸話が残っているが、真偽のほどはわからない。いずれにせよ、こんな例が多くあるから歴史家が張り切る。そんな対象の一人が英国ではリチャード3世だ。特にシェークスピアが狡猾で陰謀を駆使する悪役王の代表として描いてしまった。当然フィクションだが、どこまでフィクションか気になる。幸い成人してからの正式な記録は多いので、ある程度の判断は可能だ。しかしシェークスピアがひねくれた心が形成された時代として描いた子供時代の記録は少ない。そんな時2012年に突然リチャード3世の遺体が記録通りの場所で発見される。この時から科学が歴史再構築に参加する。今年6月3日、彼の骨格を再現して、側湾症を煩っていたが、運動機能は正常だっただろうと結論したThe Lancetに掲載された論文を紹介した。今日紹介する論文は、リチャード3世が何を食べていたかを調べ、子供時代からの彼の生活ぶりを調べた英国ノッチンガム大学の研究で、Journal of Archeological Scienceのオンライン版に掲載された。タイトルは「Multi-isotope analysis demonstrates significant lifestyle change in King Richard III(複数種のアイソトープ分析はリチャード3世の生活スタイルが大きく変化したことを明らかにする)。」だ。研究は歯や骨に含まれる酸素、ストロンチウム、炭素、窒素の同位元素、及び骨に蓄積される鉛の量の分析が全てだ。詳細は省くが、人間の歯や骨の成長時期、あるいは成分が更新される速度が異なっているため、採取した部分と年齢を対応させることが可能だ。このおかげで、各年齢で摂取した食事に含まれたアイソトープの成分比を割り出すことが出来る。例えば臼歯をスライスして分析するとき注意深く場所を選んで切り出すことで、特に子供時代の各年齢の成分を推定できる。他にも、肋骨の骨は2−5年で置き換わるらしく、従って残っている骨に蓄積したアイソトープは、死の2−5年前の生活状況を反映していると言える。後は全て省略して、分析から浮き上がって来たリチャード3世の生活スタイルをまとめると次のようになる。先ず雨の量を反映するアイソトープを利用した測定から、彼が3歳位まではイギリス東部で生まれ育ち、その後7−8歳位まで西部に移って生活した後、また東に移っていることがわかる。この子供時代の移動の結果は食事にも反映されており、西部では穀物中心であったことがわかる。勿論政治の表舞台に登場してからは、動物性タンパク質を多く取る貴族生活を送っていたこともはっきりした。そして王になると、魚の摂取がが減り肉の摂取が増えることまでわかる。勿論理解しづらい結果も出てくる。普通なら雨の量を反映するアイソトープが死の2−3年前に上昇している。しかしこの時期彼は王としてずっとイギリス東部にいたことははっきりしているため、この結果は住んでいる場所では説明できない。このグループは一つの解釈として、同じアイソトープを多く含むワインをかなりの量飲むようになったからではと推察している。勿論私も、食事がリッチで、ストレスが多ければフランス産のワインを飲むのは当然の結果だろうと解釈に異存はない。結果は以上だ。面白い話だが、科学が参加してもまだまだ歴史家の想像力の必要な分野であることがよくわかった。
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8月20日:円形脱毛症が本当に治る(Nature誌オンライン版掲載論文)

2014年8月20日
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ストレスなどで急に一部、又は全身の毛が抜ける円形脱毛症は、自己免疫病だと考えられて来た。しかし決定的な治療はなく、これを反映して民間療法に近い様々な治療を提供するビジネスが世界中に存在している。患者さんは藁にもすがる気持ちで様々な治療を試しているのが現状だろう。しかし自己免疫病とわかっているなら、科学的合理性を持った治療法が開発されても良さそうだ。今日紹介するコロンビア大学からの論文はこの問題に明確な糸口をつけた研究で、ある意味で脱毛症に悩む患者さんには大きな朗報だろう。タイトルは「Alopecia areata is driven by cytotoxic T lymphocytes and is reversed by JAK inhibition(円形脱毛症は細胞障害性T細胞により引き起こされ、JAK分子阻害で治療できる)」で、Nature Medicineオンライン版に掲載されたところだ。研究ではマウスモデルを用いて、CD8とNKG2Dの両方の分子を表面に発現しているT細胞がこの病気の犯人細胞であることを突き止めている。即ちこの細胞をリンパ節から取り出してまだ脱毛のないマウスに投与すると、脱毛が始まる。犯人細胞がわかったところで、この細胞がどんな分子を分泌しているのかを調べ、インターフェロン、IL-2,IL-15などがこの症状を引き起こしているのではと当たりをつける。事実、IL-2やIL-15を抑制してやると脱毛が回復する。このマウスモデルの結果から、円形脱毛症の発症過程を、CD8,NKG2Dを発現したT細胞がインターフェロンを分泌し、毛根を細胞から守っているフェンスを破壊し、またIL15などの分泌を促進する。これにより障害性T細胞が毛根に集まり脱毛に至ると考えた。とすると、インターフェロンやIL2,IL15のシグナル伝達を止めれば脱毛を治療できると考えられる。幸いこのシグナルを遮断する薬が開発され、白血病治療に利用されている。早速効果を確かめるべく、この薬をマウスに投与、あるいは塗布した所、全例で完全な回復が見られた。最後に実際の患者さん3例を選び薬を服用してもらった所3−5ヶ月で完全に回復したと言ううれしい結果だ。実際論文には完全に頭髪が脱毛している患者さんが、正常化する過程の写真が示されており、素晴らしい効果だと言える。今後更に症例数を増やし治験が行われるだろう。また、マウスでは塗布で効果があるので、塗布薬も検討されるだろう。このように科学的治療法が開発されると、民間療法に近い多くのビジネスは消失するかもしれない。ただ一つ気がかりは、投与を止めても再発しないか、また副作用がないかと言う点だ。特にJAKを抑制すると一般的免疫反応も低下する。その意味では、局所塗布療法の開発を優先すべきだろう。是非早く伝えたい論文だ。
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8月19日:病をもって病を制す(8月13日号Science Translational Medicine掲載論文)

2014年8月19日
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ガン治療と言うと手術、放射線、薬剤、そして免疫療法が中核だが、これとは全く違う病原菌を用いてガンを治療する試みがあることを知った。今日はこのジョーンズ・ホプキンス大学からの論文を紹介する。タイトルは「intratumoral injection of clostridium novyi-NT spores induces antitumor response(毒素を除去したガス壊疽菌の腫瘍内注入は抗がん効果がある)」で、8月13日号のScience Translational Medicineに掲載されている。ここで使われているclostridium novyiは家畜の肝臓に感染して増殖してガス壊疽を起こす強烈な嫌気性菌だ。クロストリジウムの仲間には他にも、ボツリヌス菌、破傷風など強烈な菌が多い。この菌を直接腫瘍内に注射してガンを殺そうと言う、一見乱暴な研究だ。勿論このまま菌を注射すると毒素で宿主に影響がある。このため遺伝子操作で毒素を除いた細菌を使っている。普通の嫌気性菌は酸素のある状態では死んでしまう。ところがこのクロストリジウムは酸素の多い環境では芽胞を形成して生存することが出来る。注射しているのはこの芽胞だ。治療のアイデア次のようだ。芽胞を腫瘍内に注入すると、元々低酸素の腫瘍内でクロストリジウムは再活性化し増殖しだす。しかし酸素の多い正常組織になると自然に増殖を止める。こうして腫瘍内だけで細胞と競合し、あるいは炎症や自然免疫を引き起こすことで腫瘍を殺すと言う考えだ。かなり長い研究の歴史があるようで、最初は静脈投与のように全身投与を行っていたようだが、イヌのような大動物を使った治療実験で頓挫してしまっていた。そこで腫瘍内に直接萌芽を注入する方法に変え、小動物で効果を確かめた後、この論文ではペットとして飼われているイヌに自然発生した軟部組織の肉腫の治療に用いている。結果はまずまずで、16例の腫瘍に注入して、完全に腫瘍が縮退したのが3例、部分縮小が3例、病態が安定したのが5例で、全く効かなかったのが3例だった。これに励まされ、実際の患者さんへの治験が始まっているようだが、この論文では1例の平滑筋肉腫の患者さんの治療例について報告している。2006年8月に治療を始めて、腫瘍は縮小したままで、現在も軽作業は可能な状態を保っているようだ。また心配される副作用も対応可能なレベルでとどまっている。勿論一例の話で効果を判断するのは危険だが、期待を持てる結果だ。バイオプシーされた組織などよく見てみると、細菌と細胞が競合して細胞が死ぬよりは炎症や免疫反応の影響が大きいようだ。とすると、現在ガンの免疫増強治療として行われているCTLA4やPD1に対する抗体治療と組み合わせて転移がんに注入するなど、色々さじ加減も可能な治療に発展する可能性がある。先ずもう少し大きなスケールでの治験結果を見たい。
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8月18日:睡魔が集中を妨げる理由(8月14日発行Cell誌掲載論文)

2014年8月18日
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今日本に帰って時差に悩まされている。寝れないのもしんどいが、向こうなら寝ていた時間に、起きて本や論文を読んでいるとなかなか集中できない。眠いと言っても意識はある。何が集中を妨げるのか?そんなことを考えながら論文を見ていたらぴったりの論文に当たった。NY大学からの論文で8月14日号のCell誌に掲載されていた。タイトルは「State-dependent architecture of thalamic reticular subnetworks(視床網様核のサブネットワークが持つ状態に応じた構築)」だ。視床は視覚や聴覚などの感覚神経と大脳皮質をつなぐ役割を持つとされている。ただこれまでは自由な生活を送っている動物で視床の機能を調べることは困難だった。この研究では、まず普通に寝起きしているマウスの視床の活動を記録し、またそこでの神経活動を操作する実験系の構築を行っている。これによって、覚醒時と睡眠時での視床の活動を記録できるようになった。詳しい方法は全て省略して話を進める。この結果、視床網様核(TRN)の神経には、視床後方の視覚などの感覚神経が投射されている領域に投射する神経群と、前方領域(辺縁系とリンクしている)に投射する神経群の2種類があることがわかった。特に挙動が面白いのは、感覚神経が投射している領域に神経を伸ばしている神経群で、睡眠時、それも脳波が遅い振幅のリズムを刻む(Slow wave sleep)熟睡した状態で、盛んに興奮している。一方、覚醒時にはその興奮は収まる。この結果は、TRNが睡眠状態を感知して興奮し、感覚神経の刺激に何らかの介入をして寝ていることを教えている可能性を示している。そこで今度は、覚醒時にRTNを興奮させてどのような行動変化が起こるかを調べている。ここで登場する技術が、これまでここでも紹介して来た光遺伝学で、特定の神経を光で興奮させたり抑制したりする技術だ。誤解を恐れず結果を私流にまとめると、RTNを興奮させると、普通ならサッと出来る課題をこなすのに、時間がかかるようになる。決して出来なくなるわけではない。課題を始めるまでに特に時間がかかるのだ。一方、RTN活動を抑制すると、課題をこなす効率が上がる。マウスを使っていても、結構人間の生理に迫れる面白い仕事だ。この仕事を読んで自分の症状がわかった様な気がした。時差で覚醒時でもふっと睡眠リズムが発生する。するとRTNが興奮して、睡眠モードに感覚がもどされ仕事の効率が落ちる。勿論脳細胞を操作する光遺伝学は使いたくないが、なんとかこのRTNの興奮を抑えられたら、時差も少しは良くなるかもしれない。ところで今も寝れず既に午前2時半、RTNは抑制されているおかげでこの紹介文を書くことが出来た。しかし寝れないのはまた別の話だ。
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