11月7日:木を見て森を見ず(11月6日号Nature掲載論文)
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11月7日:木を見て森を見ず(11月6日号Nature掲載論文)

2014年11月7日
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乳ガンの増殖や転移を局所に起こる炎症が促進することが知られている。特に乳ガンの多くが、CCL2と呼ばれる炎症細胞を惹きつけるケモカインを分泌することが知られており、これが転移の多い原因ではないかと疑われている。この結果に基づいてCCL2に対する抗体治療が計画され、恐らくは治験にまで進んでいるのではと思われる。動物実験では、抗CCL2抗体が転移を抑制し、また血中に流れる乳ガン細胞を減らすことがわかっている。しかしこれはガンの周りを見たときの話で、体全体を見渡すとき違ったシナリオが見えてくることを示したのが今日紹介するバーゼルにあるミーシャー研究所からの論文で11月6日号のNature に掲載された。タイトルは「Cessation of CCL2 inhibition accelerates breast cancer metastasis by promoting angiogenesis(CCL2抑制を中止すると血管新生が増強し乳ガン転移を促進する)」だ。研究の質としてはそれほどでもないが、意外性、緊急性の点から受理されたのだろう。このグループはおそらくCCL2抑制がどのように乳ガンの血中転移を抑えるかを調べていたのだろう。この研究を進めるうちに、抗体投与を2週間続けた後止めたマウスは、抗体投与を全く受けなかったマウスより予後が悪いことに気がついた。調べてみると、CCL2抑制中はガンの周りの炎症を止め、転移や血中ガン細胞を抑制する。ところが24日目の結果を見ると、抗体を投与をした後中途で止めたマウスの方が死亡率も高く、ガンの周りの炎症増強している。さらに、転移場所でも炎症が強く、その結果血管新生が増強して、ガンの増殖が促進している。CCL2は顔の周りへの細胞浸潤も抑制するが、骨髄からの血液のリクルートも抑制することがわかっている。ひょっとしたら抗CCL2抗体で骨髄に溜まっていた血液がどっと末梢に出てくるからではないかと考え、マクロファージの増殖を抑制すると、今度は血液の浸潤、血管新生、転移が抑制される。この結果から、CCL2自体は白血球の動きだけを変化させるので、抗体を投与しているうちはガンの近くの炎症が治まり効果があるように思えるが、抗体を止めたとたん、今度はより多くの炎症細胞がガンに惹きつけられ、何もしないより予後が悪くなる、というシナリオが考えられた。これを確認する意味で、炎症自体を抑える抗IL-6抗体や、血管新生を抑える抗VEGF抗体を抗CCL2に続いて投与しておくと、増悪を止めることができる。結果はこれだけで、実験自体は特に目新しいことはないが、おそらく臨床応用まじかということで、掲載されたのだろう。しかし、本当にガン治療は難しいということを思い知らされる論文だ。木を見て森を見ずという警句は誰でもが知っている。しかし、全体に気をくばることは本当に難しい。

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11月6日:試験管内でヒトの胃の組織を再現する(Natureオンライン版掲載論文)

2014年11月6日
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ESやiPSなどの多能性幹細胞(PSC)が記事になるとき、「様々な組織の元になる」と枕ことばがつく。もちろんそうだが、この様々な組織を作らせることが実は最も難しい。故笹井さんは様々な神経組織を作るという点では世界をリードしていたし、10月9日紹介したメルトンさんは膵臓のベータ細胞を作ることについては誰もが一目置いていた。これは、様々な組織ができるためには、何段階もの細胞の分化を経る必要があり、これを人為的に調節するためには深い発生学の知識が必要になるからだ。したがって、論文を読めばそのグループの発生学の実力が大体わかる。その意味で、消化管ならこのグループという研究室が登場したようだ。今日紹介するシンシナティ大学からの論文は、ヒトPSCから胃組織を試験管内で作らせることに成功した研究でNatureオンライン版に掲載されている。タイトルは、「Modelling human development and disease in pluripotent stem-cell-derived gastric organoids (多能性幹細胞から胃器官を作成してヒト発生と病気のモデルとする)」だ。おそらく研究の詳細は一般の方にはわかりにくいと思うが、この仕事の本質はそこにある。まずあらゆる内胚葉組織になる未熟内胚葉細胞、次に前腸と呼ばれる胎児腸管の後方部細胞、そして前庭部の上皮細胞、最後に様々な細胞を含む胃組織と、4段階に分けてどのシグナルをどの程度の時間加えるのか、培養のための基質は何がいいのかなどを一つ一つ明らかにしている。このためこの論文では珍しく方法が詳しく書かれている。この結果、長期間試験管内で維持できる胃の幽門から前庭部の組織を作ることができている。まだ、胃の基底部を作るところまではできていないが、おそらく時間の問題だろう。論文を読むと、ゴールにたどり着くための試行錯誤を行うこと自体が発生学になっているのもよくわかる。文献を見ると2011年には腸組織の誘導をNatureに発表しており、ヒト消化管発生のプロとして発展しているのだろう。ヒトの組織ができるということは、様々な病気の解析が可能になるということだ。この研究ではピロリ菌が前庭部の上皮の増殖を誘導し、これにc-MetやCagAが関わることを示している。このような組織は今後クリスパーなどの技術と組み合わさると、ヒトの細胞を使った様々な発ガン実験の可能性を開く。我が国の創薬企業も着目すべきグループだろう。シンシナティ大学は長くDevelopmentの編集長を務めたクリス・ワイリーが率いる幹細胞研究の盛んなところだ。発生学と幹細胞研究が統合されたいい伝統が育っていると感心した。

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11月5日:血中がん細胞検出法を使った超早期診断(11月PlosOne掲載論文)

2014年11月5日
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今日はまだ完全には信じていない論文を紹介する。血中に流れてくるがん細胞(CTC)を診断に利用できることはこれまで何回も紹介してきた。しかしCTCを早期診断に使う試みはこれまでほとんど見たことがなかった。今年5月18日にここで紹介した論文でも、手術の適応があった乳がんの患者さんの高々21%にしかCTCが検出できていない。したがって、まだ治療効果や、転移や経過の予測に使える程度の段階かと思っていた。しかし今日紹介するニース・パスツール病院からPlosOneに発表された論文は、CTで腫瘤が検出されない時期からCTCでがんの発生を予測できるという驚くべき結果だ。タイトルは「 “Sentinel” circulating tumor cells allow early diagnosis of lung cancer in patients with chronic obstructive pulmonary disease (末梢血のがん細胞は慢性閉塞性肺疾患(COPD)の患者さんの肺がんを早期に検出する見張り役になる)」だ。研究では、168人の慢性閉塞性肺疾患の患者さん、77人の健康人にCT検査をして、通常の方法では肺がんが見つからないことを確認し、10mlの血液中のCTCを計測している。CTCの検出法は極めて簡単だ。パリにある会社が開発した方法で、ただ血液をフィルターで濾して8ミクロン以上のサイズの細胞を集めているだけだ。集めた細胞を、上皮性のがんには発現しているが、血液細胞には発現がみられないヴィメンチンに対する抗体で染めて、陽性細胞がフィルター上にあるかどうかを調べている。高価な機械は必要なさそうで、検診としては現実味がある。驚くことに、CT検査で腫瘤が見つからないCOPDの患者さんのうち5人(3%)にCTCが発見された。数的には10mlに20−70個見つかっている。ただ、見つかったと言ってもすぐ肺がんと決め付けるわけにはいかず、経過観察を続けていると、なんと5例全員が1−4年(平均3.2年)のうちにCTで検出できる肺がんを発症している。一方、がん細胞が発見されなかった例にはがんの発症は見られていない。即ち、CTで発見される3年も前からCTCで診断が可能だという結果だ。用心したおかげで、5人ともがんができても大きさは全て2cm以内で見つかり、手術が行われ、現在まで1−2年特に問題なく過ごしているということだ。わかりやすく言えば地震予知が1年前からできるようなことだ。残念ながら、同時に行った正常人の結果があまり示されていないので想像だが、早期にCTCが検出できるのはCOPDの患者さんに限るようだ。この結果から、炎症ががん細胞の転移を促すことがよくわかる。いずれにせよ、この結果が本当ならCOPDの患者さんはぜひ超早期診断を受ける価値はある。しかし、健常人でもインフルエンザになった時を狙ってCTC検査をするという手もある。なんとか一般の肺がんの超早期診断へと発展させて欲しいと期待する。

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11月4日:RNAの自縄自縛をとく(Natureオンライン版掲載論文)

2014年11月4日
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今日紹介するスクリプス研究所からの論文はかなりマニアックな話だが、進化が起こる前、即ち物質からどう生命が出来たのかに興味がある人達にはとても面白い話だ。通常情報は機能をになう分子や部品とは別に存在している。生命ではDNAがタンパク質の情報で、タンパク質が生命機能を担っている。ただ、全く性質の異なる情報と機能分子が対応するようになるためには、複雑な過程が必要で、生命発生前の原子生命ではもっと単純な情報と機能分子の関係が存在するのではと想像されていた。そんな時、RNAなら様々な立体構造をとって、酵素活性のある機能分子として働けると言う発見が報告され、RNAなら情報と機能を一つの分子で実現できると世界中沸き立った。ただ問題は、RNAが情報として自分の鋳型になり、自分を複製するための酵素になり得るとしても、新たに出来たRNAが自分自身に結合して2重鎖を作ると立体構造が壊れ酵素機能が消えてしまうという問題があった。DNAが情報としてだけ働けるのはまさにこの2重鎖を作る性質のおかげだが、情報と機能を同時に発揮しようとすると、情報部分が機能を抑制してしまうと言う自縄自縛に陥ってしまう。この問題を解く方法を見つけたのがこの論文で、Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「A cross-chiral RNA polymerase ribozyme (異性体を超えて働くRNAポリメラーゼリボザイム)」だ。答えはこのタイトル通りで、自縄自縛を光学異性体を使うことで乗り越えると言うアイデアだ。分子には鏡像をとる異性体が存在し、それぞれL型,D型と名付けている。私たちの身体はL型の分子だけを使っている。これは同じ型の分子同士でないと立体構造上正常機能が発揮できないからだ。逆に言うとL型のRNAはD型のRNAとは2重鎖を作れない。これに注目して、自分とは逆の異性体のRNA合成が出来るL型RNA酵素を膨大なライブラリーから選び出したと言うのがこの仕事のみそだ。この酵素はD型の自分自身のコピーを作れるが、D型であるため自分自身には結合しない。こうして出来たD型のRNA酵素は今度はL型のコピーを作る酵素として働く。そうすると、結局回り回って自分のコピーが完成し、サイクルを一定の確率で回すことが出来る。詳細は割愛するが、試験管内でこの反応が実際に起こることを初めて示したのがこの研究だ。これにより、初めて情報と機能が一つになったRNA酵素により、持続的複製を維持する可能性が示された。これが本当に生命が始まる前のどこかで起こっていたかはわからない。しかし、この酵素を手始めに、スープの中から生命を発生させようとする夢を抱いた研究者も出てくるかもしれない。19世紀、生命の自然発生を否定したのはパッスールだ。しかし、ではどうして生命が存在しているのか?この自縄自縛もこの研究から解けることを願っている。

 

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11月3日:自閉症は突然変異病?(Natureオンライン版掲載論文)

2014年11月3日
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自閉症はこのホームページでも何回か取り上げたが、間違いなくゲノム解析の重要な対象になっている。これまで自閉症の発症と関わるとされた遺伝子は千近くになる。おそらく自閉症の子供のご両親は、遺伝子が異常と言うだけで暗い気持ちになられるかもしれない。しかし、遺伝子異常と言っても、親から遺伝して来た異常もあるが、子供の世代で新しく起こった突然変異もある。自閉症の家族歴を調べると確かに遺伝傾向があるが、子供に選択的に発症するケースが多く、おそらく子供の代で起こって来た突然変異の寄与が大きいと予想されていた。この可能性を確かめるために、2千人規模で家族の全エクソーム解読を行ったアメリカの研究が2報Natureオンライン版に掲載された。アメリカ国内だけで競い合ってこれほどのゲノム研究が2つも進んでいるのを目の当たりにすると、ゲノムと人間の脳に対するアメリカの本気がわかる。結果は2報ともほぼ同じなので、ここでは私にとって読み易かった、Cold Spring Harbor研究所を中心とする多施設共同研究の方を紹介する。タイトルは「The contribution of de novo coding mutations to autism spectrum disorder (自閉症に新しく起こった突然変異が寄与している)」だ。研究では両親と自閉症の子供のタンパク質に翻訳される全部分(エクソーム)を解読し、様々な情報処理法を駆使して比べ、子供にだけ見られる突然変異を特定している。この様な検査をすると、正常な子供でも7%−10%近くに親にないアミノ酸変化を伴う突然変異が起こっている。ただ、自閉症の子供ではこの確率が倍になる。更に病気の発生との相関を調べると、新たに突然変異が起こった遺伝子の方が、親から受け継いだ遺伝子より強く病気と相関しており、自閉症のかなりの部分を子供に起こる突然変異病として位置づけることが出来ることが確認された。同じ突然変異は勿論発生初期の分裂でも起こるが、卵子や精子が作られる過程でも起こる。この結果は、自閉症の確率が高齢出産で上昇すると言うこれまでの報告とも一致する。ではどのような遺伝子異常が起こっているのか。先ず、自閉症の子供では予想通り、これまで自閉症に関わるとされていた遺伝子に突然変異が見られる。その中で男の自閉症には脆弱X染色体症候群の原因遺伝子に突然変異を示す場合が多い。もともと脆弱X染色体症候群は原因遺伝子がはっきりとしたまれな知能障害を示す病気であることを考えると、自閉症をこの観点から診断し治療する意味は大きい。実際、この遺伝子に突然変異を持つ自閉症の子供には知能障害が見られることも両方の病気の共通性を示唆している。一人の患者さんに遺伝子異常がどの程度集まって病気になっているのかも調べられて、特に知能の低い子供では多くの自閉症関連遺伝子が集まっていることを示している。他の突然変異が見られた遺伝子には、染色体を調節する遺伝子、神経間の伝達に関わる分子、神経発生に関わる分子をコードする遺伝子に自閉症に関わる突然変異が新たに起こっていることが確認された。

  詳細は割愛して、この論文から結論できることをまとめると以下のようになる。1)多くの自閉症の患者さんは親から傾向は引き継いでいるかもしれないが、新しい突然変異が引き金になって病気を発症している。2)ほぼ全ての突然変異は片方の遺伝子でだけ起こっている。3)新しい突然変異は精子や卵子の発生過程で起こることが多く、高齢出産も発症に寄与する。4)新しい突然変異の起こった遺伝子を調べることで、自閉症を更に詳しく分類できる。5)突然変異が引き金になっていても、多くの遺伝子が積み重なって発症する。6)IQの高いグループと低いグループでは発症に関わる遺伝子のタイプが違う。

 これだけ聞いてしまうと、手の施しようがないように思えるが、ほぼ全ての患者さんではもう片方の遺伝子は正常だ。従って、自閉症は質の病気と言うより、量の病気と言っていい。今後残った遺伝子の機能を高めることで治療法が開発される可能性もある。その意味で、自閉症とひとくくりにしないで、遺伝子診断をして病気を知ることがいかに重要かを示す論文だと思う。

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11月2日:クリスパーおもちゃ箱。II遺伝子制御(10月23日号Cell誌掲載2論文)

2014年11月2日
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これまでCRISPR/Cas9の利用のほとんどは、Cas9のDNA切断能力を使った遺伝子編集だったが、ガイドRNAがあればCas9がゲノムの特定の場所に結合する性質を利用したそれ以外の様々な方法の開発が進んでいる。例えば、昨年12月26日、生きたまま細胞内の遺伝子を見る方法の開発について紹介した。しかし最も期待されるのが、特定の遺伝子の発現やエピジェネティックな状態を自由に調節するための利用だろう。今日紹介する10月23日号に掲載された2編の論文はカリフォルニア大学サンフランシスコ校の同じグループからの研究で一つのセットになっている。タイトルは「A protein-tagging system for signal amplification in gene expression and fluorescence imaging (蛋白標識システムを遺伝子発現と蛍光イメージングの増強に使う)」と「Genome-scale CRISPR-mediated control of gene repression and activation (CRISPRを全遺伝子レベルの発現抑制と活性化の調節に利用する)」だ。最初の論文では細胞質内で働く抗体の開発と、それが結合する短いペプチドを使ったタンパク質標識方法(SunTag法)について紹介している。遺伝子改変によりタンパク質に蛍光蛋白を融合させる方法は最早ルーチンの方法だが、さらに蛍光シグナルが強くなればと誰もが感じている。一つの分子を複数の蛍光分子で標識出来ればいいのだが、巨大な分子になると追跡したい分子の正常な機能が維持できなくなる。この問題を解決するために、タンパク質の機能に影響のない短いペプチドの繰り返しSunTagで標識しておいて、そのTagを細胞内で発現させた蛍光標識抗体で検出すると言う方法を開発したのが最初の研究だ。原理は簡単だが、抗体を生きた細胞質内で機能させることはそう簡単ではない。試行錯誤を繰り返し、ついに細胞内で特異的にSunTagに結合する抗体標識システムを完成させ、生きた細胞の中で単一分子を追跡できる技術に仕上げている。この技術をCas9と合体させて、遺伝子転写を活性化させる方法が次に紹介されている。Cas9にSunTagをつけて、ガイドRNAと発現させると標的遺伝子の近くにSunTagを寄せてくることが出来る。これを今述べた細胞質内で働く抗体と組み合わせば特定の遺伝子の核内での位置を検出することが出来る。ただ、この論文では蛍光蛋白の代わりに転写の開始を促進するVP64蛋白と抗体を結合させて、目的の遺伝子の転写を活性化する方法を開発した。即ち、ガイドRNAでCas9-SunTagを特定の遺伝子転写開始点に結合させ、抗体に結合したVP64で転写を誘導する方法の開発だ。結果として、この方法が期待通り使えることを確認して、次の論文に示された研究へと進んでいる。この研究では、細胞内のあらゆる遺伝子の転写を調節する新しい方法の開発に挑戦している。これまで網羅的に遺伝子を不活性化する方法としてshRNAなどが使われていたが、特異性の問題、そして活性化の方には使えないと言う限界があった。この論文では、転写を活性化するSunTag, Cas9-VP64システムと、転写を抑制するCas9ーKRABシステムを組み合わせいる。KRABは転写抑制因子で、Cas9と結合させると特定の遺伝子のみ転写を抑制出来ることがわかっている。開発にとって最も重要なのは、Cas9をガイドするRNAの選択だ。実際には、49種類の遺伝子について転写開始点前後1万塩基対についてガイドRNAを合成し、活性、抑制それぞれについて最適な場所をスクリーニングし、抑制の場合は転写開始点を含む領域、活性化の場合は少し離れた上流でガイドRNAを選べば良いことを特定した。この成功でこの研究は峠を超えたと言える。次に、全ての遺伝子について抑制、活性2種類づつガイドRNAを設計し、レンチビールスベクターを用いて、それぞれのガイドRNAが発現する細胞ライブラリー作成して、標的過程に関わる遺伝子の機能を網羅的に特定できるようにしている。要するに特定の遺伝子の発現がon/offになっている細胞を全遺伝子分作ったと考えていただければいい。詳細は割愛するが、この様な細胞があると、例えばガンが増える時どの分子が必要か、あるいはどの分子がそれを抑制するのかなどしらみつぶしに調べることが出来る。実際、この研究ではモデル系として、コレラ毒素とジフテリア毒素に関わる分子を網羅的に調べ、まだ特定できていなかった新しい分子を発見している。膨大な仕事で、これ以上詳しく紹介することは差し控えるが、とても印象的な仕事だった。今後ガン細胞やiPSなどにも導入され、様々な細胞内プロセスに必要な分子の同定が行なわれるだろう。これまで、網羅的に遺伝子機能を調べる方法が数多く試みられて来たが、大きな成功を収めた方法はないと思う。その点で、この方法はポテンシャルが高そうだ。この様な網羅的技術は大学や研究所だけでなく、創薬企業に重要な技術だ。もしiPS研究が国策なら、iPSと組み合わせたこの様なシステムを簡単に企業が利用できるようにすることも、iPS研究で助成を受けている研究者の使命だと思う。

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11月1日:ビックリおもちゃ箱CRISPR:I(2編のNatureオンライン版掲載論文)

2014年11月1日
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優れた技術は多くの研究者の想像力をかき立て、更に新しい技術へと展開して行く。この点でCRISPR/Casシステムは、ゲノムを自由に編集したいと言う研究者の希望にヒットし、ヒットした研究者の想像力やエネルギーを吸収する事で、膨大な可能性を生み出し続けている。テクノロジーの観点から言えば、おそらくiPSに勝るとも劣らないだろう。実際メドラインでざっと数えてみると10月号の雑誌と言うフィルターをかけるとCRISPRで検索すると36編、iPSで検索すると43編だった(正確ではない)。しかし今週はNatureやCellにCRISPRを用いた新しい技術開発の仕事が4編も出ていたのでそれを2回に分けて紹介する。今日紹介する2編の論文はともにCRISPRを発ガンメカニズム解析に利用するための開発研究だ。一編はスローンケッタリング研究所からの論文でタイトルは「In vivo engineering of oncogenic chromosomal rearrangements with the CRISPR/Cas9 system(CRISPR/Cas9系を用いた発がん性染色体再構成を生体内でエンジニアする)」で、もう一編のマサチューセッツ工科大学からの論文のタイトルは「Rapid modeling of cooperating genetic events in cancer through somatic genome editing (体細胞ゲノム編集法を用いてガン遺伝子間の共同をモデリングする)」だ。

  幾つかのがんでは染色体転座によりキメラ遺伝子が出来る事がガンの駆動力になっている事が知られている。最も有名な例は、ほとんどの慢性骨髄性白血病に見られるBcl,Ablの2つの遺伝子が結合したキメラ遺伝子で、遺伝子変異が診断に使われて来た病気としては最古参に入る。最近では現東大の間野さんが見つけた肺ガンのドライバーになっているEml,Alkの結合したキメラ遺伝子がある。いずれも、キメラ分子に対する標的薬が開発され多くの患者さんを救って来た。勿論この転座だけではがんが起こらない事もわかっている。我が国の被爆者の方の調査から、被爆時に転座が起こったとすると、慢性骨髄性白血病の発症はそれから8年してピークになる事が知られている。ガンを知るためには、ドライバーだけでなく転座の起こる前後にどのような細胞の変化が必要かを解明する事が必要だ。特に成熟後に転座が起こるように設計した動物の開発は重要だ。これに答えたのが最初の論文で間野さん達の発見したAlk転座をマウスでCRISPRを使って誘導できないかに挑戦している。CRISPRで使われるCas9はDNA切断酵素で、ガイドRNAに導かれて正確に遺伝子を切断する。一方染色体転座が起こるときはやはり点座する2つの遺伝子に切断が入り、それが修復される時に転座が起こる。とすると、それぞれの遺伝子の特定部位で遺伝子をCRISPR系で人為的に切断できれば、転座の確率を上昇させる事が出来る。これを確かめるために、アデノビールスにCas9と転座を誘導した部位に相当する2種類のガイドRNAを組み込んだアデノビールスを作成し、気管から肺へ吸入させてガンの発生を待っている。結果は予想通りで、ヒトの肺腺癌に極めてよく似たガンを4−7週で誘導する事が出来ると言う結果だ。勿論このガン治療に用いられるクリゾチニブに良く反応する。このガンではほとんどの場合クリゾチニブが効かなくなる。このモデルを通して、耐性が生まれるメカニズムや、この点座を助ける細胞側の要因が急速に明らかにされる事を期待したい。ただ問題もある。今回の研究では同じ染色体上の遺伝子を選んで転座を誘導しており、遺伝子間の距離も近い。もっとダイナミックな転座を効率よく起こすためにはCas9を媒介に遺伝子を近づける様なテクノロジーの開発が必要だ。おそらくこれも時間の問題だと思う。

  もう一編の論文は逆に、ドライバー遺伝子と協調してガンの進展やガンのタイプを決める能力を持つ様々な遺伝子を早くスクリーニングするための実験系を作っている。これも肺ガンをモデルとしているが、遺伝的にRas突然変異と、p53欠損を誘導できるマウスの発ガンモデルで3番目の遺伝子をCRISPR系で欠損させそれぞれの分子が発ガン促進にどうか変わるかを検討している。この研究ではベクターにレンチビールスを用いており、増殖力の高い細胞を狙って遺伝子を導入している。この実験では、肺ガンでしばしば欠失が見られるNkx2-1,Pten,Apcを3番目の遺伝子選び、それぞれの調べており、これらの遺伝子が肺ガンの組織型を決めるのに大きな役割を持つ事を示している(例えばNkx2-1が欠損すると粘液を多く分泌するタイプになる)。ガンゲノム研究が加速し、一つのガンに幾つかの遺伝子変異が共存して特定の形質を作っている事がわかっている。その意味で動物の体内で発見された遺伝子の協調関係を研究できるようになった事は大きな意味がある。最初この酵素が発見されたのは我が国だ。その意味で、我が国の現状を知りたいと思っている。

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10月31日:90を過ぎても大動脈弁置換は可能(Annals Thoracic Surgery誌オンライン版掲載論文)

2014年10月31日
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私事になるが私の妻は大動脈弁閉鎖不全と診断され、経過観察中だ。と言っても、まだ症状はなく、山登りでも私より元気だ。しかし、この病気は徐々にではあっても必ず進行する。症状が出た時には、手術で弁を人工弁に置き換える必要がある。ただいつ手術を受けるかは患者にとって大問題だ。心臓手術ということで、体力のある元気なうちに受けたいと思う。とは言え、症状も出ていないのに予防的に受けるのも問題だ。人工弁にも一定の寿命があることを考えると、手術は遅いほどいい。しかし今元気だからといって80を超してから手術を受けるのは大変だ。その時は経カテーテル(TAVR)もあるからなどと考えながら、経過観察を続けている。そんな時、今日紹介するメイヨークリニックからの論文を見つけ、全く個人的興味から読んでみた。タイトルは「Aortic valve replacement for severe aortic valve steoosis in the nonagenarian patients (90歳以上の重度大動脈弁閉鎖症の大動脈弁置換手術の成績)」で、Annals Thoracic Surgeryオンライン版に掲載された。この研究は、過去20年間にメイヨークリニックで行われた90歳以上の患者さんに対する大動脈弁置換術の成績をまとめた論文だ。59例のうち33例は開胸下弁置換手術を行なっており、残りの26例はカテーテルを用いるTAVRでより侵襲の少ない方法だ。結論的には、開胸下弁置換術を行なった33例のうち2例、TAVRのうち1例で手術による死亡が観察されているが、他の患者さんは退院までこぎつけている。術前の状態を見ると、通常手術例では、TAVR を受けた患者さんと比べると、動脈硬化症状の少ない患者さんが(自然に)選ばれている。逆に言うと、TAVRが使えるようになってから、より動脈硬化の激しい高齢者にも弁置換術が行なえるようになった事を示している。実際、TAVRを受けた患者さんの実に34%が冠動脈バイパス手術を受けている。このように、患者さんの条件に合わせて通常手術からカテーテルまで明らかに選択肢が増えている。ただ弁としての機能を見ると、当然ながら通常手術による方が結果は優れており、カテーテルだとどうしても逆流が残るようだ。それでも、心臓病症状の重症度を測る指標で半分以上の患者さんが、運動時の息切れ程度の所まで回復しており、高齢者でも弁置換術の効果ははっきりしている。これまでの臨床結果とも比較されている。90歳以上の通常弁置換手術の術後30日以内の死亡率は、今回は6%だったが、それ以前は17%と言う報告があったようだ。同じようにカテーテルによる置換術でも他の施設から出された論文より成績は良さそうだ。さすがメイヨークリニックと賞賛を送りたい。一方患者側から見ると、手術をするときはやはり病院を選ぶ必要のある事がわかる。是非、各病院に年齢別の手術成績を開示してくれる事をお願いしたい。幸いこの論文の筆頭著者は村下さんと言う日本人だ。もしメイヨークリニックでのコツ等があれば、我が国にも広めて欲しい。またTAVRも更に改良される事が十分期待できる。論文を読んでほっと安心した。

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10月30日ALSの進行を心臓薬ジゴキシンで遅らせる(Nature Neuroscienceオンライン版掲載論文)

2014年10月30日
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ALSは運動神経が徐々に変性して運動機能にとどまらず呼吸機能までを奪ってしまう難病だ。この病気は運動神経細胞自体の異常で変性が起こると考えられて来た。これに対し、ある突然変異型のSODを持ったマウスのALSモデルの研究から、運動神経の変性が周りのアストロサイトと呼ばれるグリア細胞がストレス刺激で炎症反応を起こし、それが神経細胞を障害していると言う仮説が支持を拡げて来た。この仮説が正しいと、アストロサイトの障害活性を抑制する事でALSの進行を遅らせる可能性が生まれる。8月11日に紹介したEgan達の論文もこの説に立ってプロスタグランジンD2の機能を阻害する事でアストロサイトの炎症反応を抑え、ALSの進行を遅らせられる事を示した研究だった。今日紹介するハーバード大学からの論文は、突然変異型のSODがアストロサイトを活性化するメカニズムを特定して治療薬を開発しようとする研究でNature Neuroscienceオンライン版に紹介された。タイトルは「An α2-Na/K ATPase/α-adducin complex in astrocytes triggers non-cell autonomous neurodegeneration(α2-Na/K ATPase/α-adducin複合体がアストロサイトで発現すると、神経障害性の変性の引き金を引く)」だ。断っておくが今日紹介する研究のほとんどはマウスモデルでの研究でヒトの病態との関わりはこれからだ。研究では最初からアストロサイトに焦点を当て、ALSが始まる頃にアストロサイトで起こる変化を追求し、α-adducinと言うタンパク質がリン酸化し、また病気の進展に関わっている事を突き止めた。Adducinは細胞骨格分子に分類されているが、Na/K-ATPaseと結合してシグナルに関わる事が知られていた。詳しい結果は割愛して一足飛びにこの研究から生まれた、ALS発症のメカニズムについてまとめると次のようになる。先ず突然変異型SOD1が細胞内でこのATPase/addicinの発現や活性を高め、細胞内でATPが異常に消費される。このため、ミトコンドリアがこれを補おうと酸素依存性の呼吸を高め、活性酸素が過剰になり、細胞ストレスがアストロサイトを刺激して局所炎症を起こし、最後に運動神経が障害されると言うシナリオになる。これが正しいとすると、最初の引き金がSOD1突然変異としても、このATPaseを抑制する事でそれ以降の経路を押さえる事が出来る。幸いこのATPaseには古くから強心薬として使われて来たジゴキシンやウアバインと言う薬が効く。マウスモデルでは、ジゴキシン投与により確かに運動神経の障害の程度を遅らせる事に成功している。人間のALSでも同じようにこれら分子の発現が上昇しているので、次はヒトの系でもこのシナリオが有効かiPSで確かめることが出来る。論文からは、この方法が万全で根治につながる効力があるようには思えない。しかし、運動神経の変性は確かに遅らせる可能性がある。ALSは極めて予後の悪い難病だった。しかし、研究者も多く、光は徐々に見えて来ていると感じている。

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10月29日:リアルタイムで進化を観察する(10月24日号Science掲載論文)

2014年10月29日
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進化論は証明が難しいと考えている人が多い。その理由は種分化過程に長い時間が必要で、実験的に再現する事が困難だからだ。実際ダーウィンの種の起原の1章が遺伝可能な形質の多様化について育種の例を挙げているのも、進化過程を自分の目で確認できる可能性を強調するためだ。大腸菌を使った研究を見てみると、全く新しい形質の出現を記録したLensky達の研究がある。2012年Natureに掲載された論文だが、33000世代、何と25年を経てこれが可能になった事を報告している。(詳しくは私が生命誌研究館ホームページに連載している「進化研究を覗く」第6話を読んで下さい)。しかし、目撃出来たとは言え、25年大腸菌を飼い続ける研究者魂には頭が下がる。今日紹介するハーバード大学からの論文もその意味では長期間の観察を続けた点では称賛に値する。タイトルは「Rapid evolution of a native species following invasion by a congener (同種の侵入後起こる固有種の早い進化)」で、10月24日号のScienceに掲載された。研究ではフロリダ州に侵入したキューバのトカゲによって、固有種のトカゲに起こってくる足の変化を調べている。フロリダのトカゲは緑色のトカゲで、外来種の侵入がないと地上から木の上まで広く分布している。この外来種のいないフロリダの3つの島に、1995年、このグループは茶色の地上に住むキューバのトカゲを移植して様子を見た。同じ様な3つの島はそのままにしてコントロールとして観察している。すると、同種の競争が起こって、緑のトカゲは地上から追いやられ、木の上で生活するようになる。実際この変化は外来種を移植後2ヶ月で起こるため、進化と言うより適応だ。しかし、3年位すると、住む高さは外来種の有無で60cmも違ってくる。次に、2010年になってから、今度はトカゲの身体の変化を調べ、高い木の上に追いやられたトカゲは指の裏が厚くなり、またギザギザも増えている。即ち枝につかまるための身体変化を起こしている。これが実際に遺伝する変化かどうかが最後の問題になるが、それぞれの島から卵を集め、それを研究室の庭で孵化させてみても、同じ身体変化を受け継いでいると言う結果だ。他にも色々実験をしているが、15年、20世代程で遺伝可能な同じ形態変化が、独立した島で起り得ると言うのが内容の全てだ。残念ながら実際この変化がどの遺伝子変異に基づくかなど全く研究されていない。15年間ご苦労さん。新しい実験系を作ってくれて有り難うと感謝を込めて掲載しているのだろう。実際、遺伝的変化か、世代を超えるエピジェネティック変化か、あるいは両方が合わさった変化かなど解明しなければならない点は多い。ただ、このグループが面白い材料を手にした事は確かだ。苦言を呈するとすれば、今回の実験も外来種を移植すると言う極めて人為的なモデル系を用いている事だ。育種であれば金魚でも鳩でも遺伝可能な形質の出現を目撃する事は容易だ。種の起原の第一章を引用して終わろう。「・・・最高の育種かであるサー・ジョン・セブライトは、ハトに関して、『どんな羽でも3年あれば作れるが、頭とくちばしだと6年かかる』と吹聴していた。」。(光文社古典新訳文庫、種の起原、渡辺政隆訳)

カテゴリ:論文ウォッチ
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