ウイルスやアルコールが原因ではない慢性脂肪性肝炎は、私が医学部を卒業する前から知られていたようだが、疾患単位としてはっきりしたのは、1980年で、事実、私が卒業して医師として働いていた7年間もほとんど聞いたことはなかった。しかし、現在でははかなり高い有病率で、慢性肝炎の中ではかなりの割合に達するはずだ。これほど重要な病気だが、はっきりした発症メカニズムはわかっていなかった。
今日紹介するバロセロナ生物医学研究所からの論文はこの原因がミトコンドリアと小胞体(ER)間のフォスファチディルセリン(PS)の受け渡しの異常によるとする新しいメカニズムと、それに基づく治療可能性を示した画期的な研究で5月2日号のCellに掲載された。タイトルは「Deficient Endoplasmic Reticulum-Mitochondrial Phosphatidylserine Transfer Causes Liver Disease (ERとミトコンドリアの間のPSの受け渡しの低下が肝疾患の原因になる)」だ。
これまでNASHの原因としてERストレスがあると考えられていたが、このグループはERで合成された脂肪がミトコンドリア(Mt)にうまく移行できないことがERストレス、脂肪代謝異常が合併したNASHの原因ではないかと着想し、MtとERの膜同士の融合を調節するMitofusin2(Mfn2)分子に着目した。
まずNASHの患者さんの肝臓生検標本でMfn2の発現を調べると、単純な脂肪肝の半分程度に低下している。また、メチオニン摂取で誘導するマウスNASHモデルでも低下していることを突き止めた。
次に、肝臓細胞だけでMfn2がノックアウトされるマウスを用いると、肝臓の慢性炎症がおこり、肝細胞の細胞死が高まり、肝硬変へと進行することがわかった。すなわち、Mfn2によるER/Mt膜のコンタクトがうまくいかないとNASHを発症することがわかった。また生化学的な検討から、Mfn2は、PSがER膜からMt膜へと移行し、そこで、Phospatidylethanolamin(PE)が合成され、またこのPEがER膜に戻ってPhosphatidylcholin(PC)が合成される過程にMnf2がPSS1,PSS2分子の調節を介して関わることを示している。実際、PSS1/PSS2の発現を肝臓へshRNAを導入するノックダウンで低下させると、Mnf2ノックアウトと同じ効果があることがわかった。すなわち、このphospholipid代謝異常がNASHを引き起こすことがわかる。以上の結果から、Mfn2により特にPSのERからMtへの移行が進むことで、phospholipidの密度の高いER/Mtコンタクトサイトが形成され、脂肪代謝とERストレスが調節されていると結論している。
この異常は、Mfn2遺伝子を組み込んだアデノウイルスベクター投与で解消し、NASHを治すことができるが、同じマウスの肝臓にBIP遺伝子を導入してER ストレスだけを抑えると、脂肪肝はそのままで、炎症や肝硬変の発症を防ぐことがわかる。
最後に、メチオニンを摂取させて起こすNASHモデルをMnf2遺伝子導入で治療する可能性を検討し、Mfn2を組み込んだアデノウイルス注射により、PSS1/PSS2の関わるPE、PCの合成が正常化し、肝硬変の進行を抑えられることを示している。
以上、まとめるとMfn2はPSのERからMtへの移行を促進することで、PE、PC 合成サイクルをまわし、fospholipidが濃縮したMt/ER膜領域を形成することで、脂肪代謝を調整し、ERストレスを防いでいる。しかし、Mfn2が低下するとこれがうまく働かなくなり、ERストレスと脂肪代謝異常が起こる。したがって、原因はともかくNASHの場合、Mfn2を肝臓に導入することによりNASH治療が可能になるというシナリオだ。
なかなか面白い仮説で、肝臓はアデノウイルスでの遺伝子治療が簡単な臓器なので、NASHにも原因に直接働きかける治療が可能になるかもしれないと期待している。