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5月28日 子供に新しくみられる突然変異は父親の精子由来なのか?(5月7日号米国アカデミー紀要掲載論文)

2019年5月28日
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親と比較したとき、子供だけに存在する突然変異は、親の生殖細胞形成時に発生すると考えられている。このため、生殖細胞の増殖回数が増えれば増えるほど、癌と同じで突然変異数は増加するとこれまでかたく信じられてきた。実際多くの遺伝子で小さな変異が認められる自閉症が発生する率と、お父さんの年齢をプロットすると、お父さんの年齢が上がるほど、発生率が上がる。精子は常に作り続けられていることから、この説は当然のことだとほとんどの人が思っており、私もそうかたく信じて、自閉症の話をする機会などにはこのプロットを示してきた。

しかし、よく考えてみると生殖細胞形成過程は、普通の細胞が増殖する過程と比べはるかに複雑で、単純にトータルの増殖回数と変異数が一致するとして全てを説明していいのかと思う。実際には、変異の発生を生殖細胞発生段階ごとに計算し直さないと、正しい解釈ができないはずだ。この問題に取り組んだのが、今日紹介するスタンフォード大学からの論文で、アイスランド デコード社の住民遺伝子解析データから、親子の遺伝子配列の違いを調べ、子供だけに見られる新しい変異の原因を再検討した論文で5月7日号の米国アカデミー紀要に掲載された。タイトルは「Overlooked roles of DNA damage and maternal age in generating human germline mutations(人間の生殖細胞系列の突然変異発生にかかわる、DNAへの損傷や母親の年齢の見落とされてきた役割)」だ。

この研究では、生殖細胞形成過程で起こった突然変異の起こった染色体を父親由来、母親由来と区別して特定し、父親由来と母親由来の変異の比をまずプロットすると、驚くなかれ父親の年齢に関わらず最初から高いまま(すなわち父親由来の染色体の方が変異が多い)安定していることを発見する。

精子は性成熟後ずっと作り続けられことから、年齢が高いほど増殖回数は増えるはずで、年齢とともにこの比は上昇していくはずなのに、これが見られないのは、新しい変異が単純に細胞増殖時に蓄積するという単純なものではないことを示している。

そこで突然変異のタイプ(例えばCからG への変異、あるいはメチル化されるCからT への変異)と分けて、両親の年齢との関係を調べると、放射線などDNA損傷の修復ミスなどでおこるCかG への変異は男性では年齢とともに急速に低下すること、いっぽうメチル化されたCの脱アミノ酸が原因の変異は、男性の年齢とともに上昇することが明らかになった。

DNA損傷といっても放射線に限らない。特に生殖細胞形成では減数分裂のために損傷は必ず起こる。このプロセスは男性と女性で起こる時期など大きく異なる。また、生殖細胞発生ではメチル化パターンが大きく変化し、これも男性と女性で大きく異なる。

これに加えて、女性の卵子が老化することで突然変異が起こりやすくなるが、この場合は父方、母方両方の染色体に変異が起こる。

以上のことから、子供に新しく見られる変異については、これまでのような単純な発想ではなく、それぞれの分化段階や発生様式の違いを加味して計算していくこと、特に変異のタイプを見ることで原因を特定し、対策をとることの重要性を示している。

この結論を念頭に、これまでの自閉症発生率と父親の年齢のプロットを考えてみると、現象は確かなので、今後はどの遺伝子が変異を起こしやすく、どのタイプの変異が多いのかを特定して、「子供は若い時に」という単純な回答ではない、厳密な対策が指示できるようにすべきではないかと思う。

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