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5月14日 深海に適応した視覚進化(5月10日号Science掲載論文)

2019年5月14日
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網膜で光を感じる最初の入り口は桿体細胞と錐体細胞からなる視細胞で、それぞれには異なる波長に反応する色素が存在している。通常の場合、桿体細胞には一種類の色素ロドプシン1が存在し、光の有無を高感度で検出できるが、色は認識できない。一方、錐体細胞には様々な波長に反応する異なる色素が数種類存在し、明るい光の中で様々な色を感じられるようになっている。

今日紹介するスイスバーゼル・動物学研究所からの論文は、ほとんど光がささない深海での視覚の進化を、特にロドプシン1(RH1)に焦点を絞って調べた研究で、久しぶりに一つの分子に絞った進化の論文を読んだという気持ちがした。タイトルは「Vision using multiple distinct rod opsins in deep-sea fishes (深海魚は複数の異なるロドプシンを進化させて使っている)」だ。

まず百種類の魚のゲノムを比較し、種とは別に深海に生息するように進化した魚では、まず海底まで届かない波長の長い光に反応する色素を失う。これは、どの種類でも同じように起こる。一方、他の短い波長に反応する色素はまちまちの変化が起こっており、ハダカイワシやステューレポルスでは緑に反応するRH2の数が増える。同時に、それぞれDH1のコピー数が増大している。すなわち、カメラと同じで、光吸収効率を高めて少ない光に反応できるよう進化したことになる。

中でも面白いのは、和名ナカムラギンメで、他の色素のコピー数は増えないが、なんとRH1については18コピーに増え、また同じ種の和名フチマルギンメではなんと38コピーと急速に増大している。

これも感度を高めるためと納得してしまうとそれまでで、著者らはこの遺伝子重複が、少しづつ異なる波長に反応する色素を生成し、その結果桿体細胞で波長の違い、すなわち色の違いを感じられるのではと着想し、ギンメのRH1遺伝子の配列を調べ、24種類の部位で反応する波長が変わるアミノ酸置換が起こっていること、またそれぞれの色素は網膜で発現していることを明らかにしている。また、ギンメではRH1でアミノ酸置換を起こす変異が他の種と比べて圧倒的に多く、深海での進化圧が強く関わっていることを示している。

話はこれだけで、本来なら行動や、あるいは一個の桿体細胞での色素発現様態など、もう少し深入りしたら面白いのにと思はないでもないが、まあ十分楽しめる論文だと思う。

魚の中にはアイスフィッシュのように、必要がなければヘモグロビンやミオグロビンまで失うと同時に、赤血球を作る仕組みも皆捨て去った種が存在する。その意味で、このような多様性は高等生命の生理について多くのことを教えてくれると思う。しかし、水族館で飼育されているギンメの色素遺伝子はそのまま存在しているのだろうか、興味がわく。

カテゴリ:論文ウォッチ
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