アルツハイマー病の診断は、記憶を中心に検査がおこなわれるが、同じく海馬が関わるのが、オキーフとモザー夫妻によるノーベル賞研究で、すなわちグリッド細胞に代表される自分の動きをナビゲーションする能力も、かなり初期から異常が出ることがわかっており、診断に使われるようになってきた。
これをうけて2016年、ドイツテレコムはスマフォやタブレットで2分間遊ぶことで、ナビゲーション能力を定量するゲームアプリSea Hero Questを開発して、ウェッブで公開、このゲームで遊んだスコアが、匿名化したあと、ドイツテレコムに集められるようにした。
今日紹介する英国ノーウィッチ医科大学からの論文は、アミロイドβの遺伝子変異でアルツハイマーリスクが極めて高い集団にこのゲームで遊んでもらい、このスコアをこれまで集まった27000人余りのビッグデータと比べてアルツハイマー病の早期診断が可能かどうか調べた研究で米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。タイトルは「Toward personalized cognitive diagnostics of at-genetic-risk Alzheimer’s disease (遺伝的にアルツハイマー病のリスクを持っている人の認知機能診断に向けた試み)」だ。
自分でゲームで遊んだわけではないので、ゲームの内容を完全に理解できているわけではないが、自分の乗った船を、前もって見せられた地図の指示に従って、最短距離で目的までナビゲートさせるゲームと、目的地に着いてから自分のこれまでの道筋を構想できる能力を調べるゲームで、最短ルートからどの程度ずれているのか、どのぐらいの時間がかかったのかなどを調べ、遺伝的アルツハイマー病リスクと相関するかどうか調べている。
結果は単純で、最短距離からのズレ、課題を終えるのにかかった時間、自分の道筋を統合して記憶する能力などを調べると、オープンなスペースで地図で目的地へとナビゲートする時、最短距離からのズレがアルツハイマー病の遺伝リスクの高い人で大きいことを発見している。
期待した通りナビゲーションゲームでアルツハイマー病を記憶などの症状がない時から診断できるという結論だが、結果としては拍子抜けするが、新しい時代の到来を感じさせる。すなわち、全く同じプラットフォームを、何万、何千万の人が同時に使って、低コストでデータを取る新しい疫学が可能になっている点だ。このコホートの経過観察はもちろん、他の病気や、発達にも使える。今後同じようなゲーム・プラットホームがアルツハイマー病だけでなく、様々な脳機能の検査として開発されると思う。
神戸の先端医療財団と仕事をしていた時、東北大学の川島さんが開発した任天堂の脳テストが大ヒットを飛ばしているのを聞いて、認知症の早期診断に使えるのではないかと、打診したことがあるが、その時は任天堂は遊びを提供する会社だからと断られたことがある。当時は、ナビゲーションのことは全く知らなかったが、ナビゲーションだけでなく、あらゆるゲームは点数が出る以上、人間の能力を反映することは間違い無いので、遊びが脳の記録にもなることはわが国でも受け入れられるようになるのではと期待する。