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5月4日 転座由来のガン抗原(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2019年5月4日
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ガンに対する免疫反応を高めるチェックポイント治療は、ガンに対して間違いなく免疫反応が起こっていること、すなわちガン細胞にはガン特異的な抗原が発現していることをはっきりさせた。実際これまでの研究で、メラノーマや肺ガンのように、突然変異が多いガンほどチェックポイント治療に反応する。また、DNA修復酵素の変異により突然変異が多いことが確認できると、ガンの種類を問わず抗PD1治療の対象として認められる。

では突然変異が多いガンしかチェックポイント治療の効果がないのかというとそうではない場合も多く知られている。今日紹介するスローンケッタリングガンセンターからの論文は、このような患者さんの一人を丹念に調べて、ガンのドライバーになる遺伝子転座が特に強いガン抗原になることを明らかにした、臨床的には重要な研究でNature Medicineオンライン版に掲載されている。タイトルは「Immunogenic neoantigens derived from gene fusions stimulate T cell responses(転座による融合遺伝子由来のネオ抗原はT細胞反応を誘導できる)」だ。

この研究は抗PD1治療で完治したと言えるステージ4の頭頸部扁平上皮ガン患者さんの症例を詳しく検討するところから始まっている。この患者さんは肺転移もあることから最初は一般的化学療法が行われ、一年後に再発した後PD1抗体治療を行い、8ヶ月後にガンは全て消失、その後二年近く再発無しで経過している。通常、頭頸部ガンは突然変異が少なく、チェックポイント治療の適用にならないので、この結果は驚きで、なぜこれほど免疫反応が強いのか調べるため、全ゲノム配列決定や、遺伝子発現を調べた結果、この患者さんでは予想通りほとんどガン抗原となる突然変異がない代わりに、頭頸部ガンの原因になることがあきらかな転座によるDEKとAFF2遺伝子が融合が見られ、この融合分子がガンで発現していることがわかった。

あとは、この融合遺伝子が免疫反応を誘導している可能性を調べ、この患者さんの場合、融合分子由来のペプチドがHLAの構造を安定化することで免疫反応を起こしていることを明らかにする。またこの患者さんではガンへのT細胞の浸潤は少ないものの、この抗原に対するT細胞がしっかり誘導され、ガンを叩いていることを証明している。もちろん他のガン抗原が全くないと結論するのは早いが、突然変異がなくともチェックポイント治療の対象になるケースがあり、これはプレシジョンメディシンで予測可能であることを示す結果だ。

次に同じ突然変異の数が少ない頭頸部ガンの患者さん30人を調べ、13人に転座に基づく融合遺伝子が形成され、発現されていることを確認した後、ペプチドを合成して末梢血のT細胞を刺激する実験を行い、一人の患者さんで確かにT細胞の反応を確かめることが可能であることを示している。

最後に融合遺伝子がガン抗原として働ける可能性をガンのデータベースで調べ、融合遺伝子を発現する6000種類のうち、24%が癌のネオ抗原として働ける可能性を示唆している。また、様々な指標をもとに融合遺伝子との連鎖を解析して、融合遺伝子が存在する癌では、免疫チェックポイントがはたらいていることをしめし、これを抑制するチェックポイント治療の効果が一般的に期待できることを示唆している。

以上の結果から、融合遺伝子は全てのガン細胞で発現している可能性が高く、免疫治療の標的としては最も望ましい抗原となることを示し、チェックポイント治療の適応を見極めるためのプレシジョンメディシンの重要性を示している。しかし、例外的な一例をしっかり調べるところから、一般的治療を構想するという臨床医学の真髄を見る論文だった。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月3日 チベット高原のデニソーワ人(Natureオンライン版掲載論文)

2019年5月3日
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デニソーワ人に関しては2つの大きな謎があった。一つは、現代人の中でメラネシア人が5%という例外的に高いデニソーワ人ゲノムを受け継いでいる点、そして現代のチベット人やヒマラヤのシェルパの高地順応遺伝子の一つがデニソーワ人由来であることだ。

最初の謎については、先日紹介したように、デニソーワ人がポリネシアに直接進出して、14000年ぐらい前までそこで生活していたことが明らかにされ、今後この地域でのデニソーワ人の遺跡を探す研究が進むように思う。

一方、チベット人の高地順応遺伝子の由来がデニソーワ人だったという謎は、今日紹介する中国蘭州大学とドイツ マックスプランク研究所の共同論文により大きく前進した。タイトルは「A late Middle Pleistocene Denisovan mandible from the Tibetan Plateau(チベット高地で発見された中更新世後期のデニソーワ人下顎)」で、Natureに掲載された。

中国チベットの夏河洞窟から1980年に出土していた、アイソトープを用いた年代測定で16万年前後の骨と特定されていた、下顎骨と歯がすでに出土していたが、DNAはすでに破壊されており、ゲノム解析が困難だった。そこに登場したのが、最近古生物学で利用され始めたコラーゲンのアミノ酸解析技術で、たんぱく質自体は核酸より経時的変化に強いので、系統解析に使えると期待されている。

この研究では、この骨から6種類のコラーゲンを取り出し、そのペプチドの配列から系統樹を解析し、これまで発見されている人類の中ではデニソーワ人に最も近いことを明らかにしている。

新しいデータはこれだけだか、これが正しいとするとインパクトは極めて大きい。

  • 同じ形状の下顎と歯はチベットを含む中国で中更新世人類として既に多く発見されており、今後の解析で、それらがデニソーワ人であることが確認される可能性が高い。
  • 今回解析された歯の形状は初期ホモ・サピエンスと、中更新世人の中間に位置しており、デニソーワ人と考えても問題はない。
  • デニソーワ洞窟以外のデニソーワ人が初めて発見され、今後骨格についてさらに研究が進む期待が持てる。
  • 3000mの高地で発見されており、高地順応遺伝子の謎が解ける。

などだ。しかしでデニソーワ洞窟の歴史に関する論文やポリネシアへの移動から、デニソーワ人は暖かいところが好きかと考えていたが、氷河期の寒い時代に高地で生息していたとすると、極めて高い適応能力があった人類かもしれない。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月2日 血液中に漏れ出たガンDNAを使う診断法が実用に近づいてきた(Nature Medicineオンライン版掲載論文)

2019年5月2日
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ダウン症候群の子供を、母親の血液に漏れ出てきたDNAで出生前診断することは、すでに信頼の置ける検査として定着している。このように、増殖と細胞の破壊が並行して起こる場合は、その細胞由来のDNAが血中で検出できる。当然、同じことはガンでも起こり、バイオプシーの代わりに血液中のDNAでガンを診断する方法の開発が進んでいる。

ダウン症のように、ガンで特異的に見られる突然変異をマーカーとして使える場合は、治療効果や、再発、転移を診断するために利用できることも確認されている。しかし、存在するかもしれないガン細胞がどの遺伝子を発現しているのか全くわからない場合は、血中のDNAを網羅的に調べて、突然変異の同定から始める必要があり、簡単ではない。

今日紹介するマンチェスター大学を中心とする研究グループからの論文は、全遺伝子ではないが、ガンで変異で起こりやすい641種類の変異に焦点を絞って、血中のDNAにリストした遺伝子の変異があるか調べる簡易型の方法を用いれば、かなりの確率で新しいガンの遺伝子診断が可能であることを示した論文でNature Medicineオンライン版に掲載された。タイトルは「Utility of ctDNA to support patient selection for early phase clinical trials: the TARGET study (血中DNAを初期段階の臨床試験の患者さん選びに用いる可能性:TARGET研究)」だ。

この研究では、バイオプシーしたサンプルと、血中DNAに存在するガン特異的変異の存在を比べることで、ガンの診断を行うだけでなく、分子標的薬の治験の対象者を選ぶときに使えるか調べている。

まず決まった641種類の遺伝子に焦点を絞って純化した後増幅することで、ガン特異的変異についての信頼できるデータが得られられるようになっている。テクノロジーを見ていると、古代人の骨から採取したほんの少量のDNAの配列を調べる方法とほとんど同じで、一般に販売されているキットを組み合わせてデータが得られるように計画されている。

最初様々な条件を20人のサンプルで検討した後、22種類のガンと診断された100人の患者さんで、実際の臨床で治療のための最適な分子標的薬を選択できるかについて調べている。検査にかかる日数は、20−80日とばらつくが、平均33日で、現在イギリスでのゲノム診断が30日なので、実用的レベルに達している。

結果だが、バイオプシーによる遺伝子検査との一致率は79%で、十分実用的になってきたと言える。さらに、この方法では遺伝子コピー数の変異も調べられる点で、現時点でもバイオプシーを補完するところまでは間違いなくきている。

個々のガンで見ると、メラノーマ、小細胞性未分化ガン、乳ガン、大腸ガンなどで変異の発見率が高く、非小細胞性肺ガンや前立腺ガンが続く。特殊なガンを除くと、半分以上は遺伝子変異を見つけることができる。

ただ遺伝子変異があるからといって、ガンと診断できるわけではない。実際、前ガン状態でほとんど重要な変異が見つかる場合も多く、さらに同じ細胞がすべての変異を持つということをこの方法では決められない。

そこで、この研究では発見した遺伝子変異をもとに治療薬を決め治療するということに絞って検討している。すると、100人中41人で治療可能な変異が見つかっている。そのうち、17人は分子標的薬を使わず、通常の治療法を行なっている。13人は治験参加を断られている。残る11人は発見された変異に基づく分子標的薬を用いた治療を行なっている。

結果は、遺伝子変異を元に治療した場合のみ、腫瘍の縮小が見られている。残りの症例も、病状は安定して進行は抑えられたという結果だ。

以上をまとめると、末梢血10mlで、ガンの確定診断はできないが、ガンの遺伝子変異についてはかなりの確度で診断でき、ガンに合わせて治療選択するプレシジョンメディシンのためのとしてはかなり有望な検査に仕上がっていると思う。今後、500人規模の治験が予定されているので、期待したい。

カテゴリ:論文ウォッチ

5月1日 腸管各領域の所属リンパ節は機能的に違っている(Natureオンライン掲載論文)

2019年5月1日
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腸管は免疫反応が誘導される最前線で、ここでの自然免疫状態に腸管内の細菌叢が重要な役割を演じている。この前線と司令基地としての所属リンパ節を結んでいるのはリンパ管で、このルートを通ってリンパ球や樹状細胞が腸管組織と所属リンパ節を行き来する。このため、所属リンパ節は、それぞれがカバーしている腸管組織の様々な状態が反映されている。ところが、腸内での免疫を考えるとき、私たちは全てを一括りにして考える傾向がある。

今日紹介するロックフェラー大学からの論文は腸管各領域に所属するリンパ節の細胞構成と免疫機能を丹念に調べた研究で、このような検討がまだできていなかったと驚くとともに、好感が持てる研究だった。タイトルは「Compartmentalized gut lymph node drainage dictates adaptive immune responses (各領域に分離されたリンパ節への流入は獲得免疫を規定する)」だ。

この研究では、十二指腸、小腸、大腸と所属リンパ節を領域ごとに分けて、それぞれの違いを丹念に調べ、免疫反応との関わりを調べている。特に新しいテクノロジーを使うわけでもなく、極めてオーソドックスな研究で、要するに問題設定が面白い点が評価された研究だと思う。結果は箇条書きにする。

  • 所属リンパ節間の連結はなく、従ってそれぞれが独立した免疫の司令基地として働いていることが確認される。
  • レチノイン酸のような脂肪に溶ける物質は、ほとんどが十二指腸で吸収され、所属リンパ節に直接流入するが、他のリンパ節へは循環に入ってからしか流入しない。これは、薬剤の効果を考えるとき重要。
  • 樹状細胞の遺伝子発現を調べると各所属リンパ節間で大きな変化が見られる。また下部消化管に行くほど所属リンパ節には炎症を促進するタイプの樹状細胞が多くなり、一方制御性T細胞の流入を促進するケモカインを分泌するタイプは十二指腸所属リンパ節に多い。
  • これを反映して、制御性T細胞は十二指腸所属リンパ節に多く、炎症性T細胞は下部消化管所属リンパ節に多い。
  • 十二指腸、回腸に直接抗原を注射して腸炎の発症を調べると、回腸に抗原感作した時のみ炎症が起こる。
  • 十二指腸に選択的に感染する寄生虫を感染させると、十二指腸所属リンパ節の制御性T細胞が減少し、トレランスの成立が低下する。

などを示している。様々な感染実験を組み合わせた、さすがロックフェラー大学と思える、オーソドックスな研究で、古い世代としては大変好感を持った。実際同じことが人でも言えるのか、さらに研究が必要だが、ワクチンや、食物アレルギーを防ぐといった観点から考えると、抗原の投与方法の開発で、より抗原特異的免疫操作が可能になるのではと期待する。

カテゴリ:論文ウォッチ
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