私たちが運動神経を用いて何かしようとする時、必ず行動の大きなプロットを頭に描いておくことが必要になる。突発事態に対して咄嗟の行動を取れる人は、このプロットが作業記憶の様に頭に入っている。一方、このプロットが用意できていないと結局立ちすくんで終わる。
このプロットのなかで最も複雑なのが言語で、自分で話していてもよくプロットが崩壊せずに長く話せるなと驚いてしまう。これは話すという運動機能を調節する領域で様々な領域からの情報を統合できるからで、これらの領域の活動についての研究は今最も面白い分野と言えるだろう。
しかし、例えば人間でこの様なプロットがどう形成されるのかなどを研究するのは、簡単ではない。代わりに言語と同じ様に複雑なシラブルが組み合わさった鳥の鳴き声を対象として、言葉の構造がどう維持されるのかを理解しようとする研究が行われている。
今日紹介するボストン大学からの論文はカナリアの複雑な鳴き声を分析し、この構造を支える神経細胞を特定しようとした研究で6月24日号のNatureに掲載された。タイトルは「Hidden neural states underlie canary song syntax (隠れた神経状態がカナリアの歌の構造を決めている)」だ。
もう何十年もカナリアの鳴き声をゆっくり聞いたことがなかったので、Youtubeで(https://www.youtube.com/watch?v=JdCypdivLx8)聞いてみると、様々なシラブルが組み合わさった複雑な構造を持つのがわかった。ただ、私たちの言語と比べると一つのシラブルの長さが長い気がする。
この研究ではまさにこのシラブルを24−37種類のシラブルに分類し、一回の鳴き声では、平均38個のシラブルが合成されること、そしてこの時集められた異なるシラブル間の関係に厳然とした文法が存在することを明らかにしている。すなわちAというシラブルは必ずBというシラブルの後に来ることや、前に来る3フレーズが、そのあとのフレーズを決めていたりと言った法則を明らかにしている。
この構造解析の上に、鳥類の鳴き声をコントロールする中枢HVCの神経活動をカルシウムイメージング法を用いて記録、一個一個の神経細胞が、カナリアの歌のどの要素に関わっているのかを解析している。
もちろん、一つ一つのシラブルに対するニューロンの活動が記録できるが、HVCに投射する神経を拾い出して活動を見ると、シラブルが集まったフレーズに特異的な神経を特定できる。面白いことに、このフレーズ特異的神経の興奮は、声を発している時点だけでなく、一定期間前、あるいは後に特定のフレーズが来る場合に強い反応を示すことがわかった。さらに、投射神経活動は、フレーズの間ずっと活動するのではなく、フレーズの間の一定の時間活動し、いくつかの神経活動がフレーズ全体を支えることもわかる。
実験はこの様に、神経活動を、実際の歌のパターンと相関させる作業だけなので、歌の構造から要素を取り出せば、相関するかどうか様々な解析が可能で、最終的に、HCVに投射する神経は、フレーズを支えるため、過去やこれから出さなければならない未来のフレーズまで、様々なプランが集中しているという結論になる。
結局この研究はこれからの入り口に過ぎないと思う。実際には、光遺伝学を用いた神経興奮や、抑制を通した実験により、文法構造がどう変化するのか、あるいはこの構造を聞いている側の神経活動はどうなのかなど、さらに難しい解析が必要になるだろう。しかし、歌を構造化し、その構造を支えるネットワークの解析は、おそらく私たちの言語の理解にも大きく貢献すると思う。