現在神経投射を調べるためには、神経細胞に蛍光色素を注入し、そこからのビルアクソンがどこに到達しているかを蛍光顕微鏡で見る方法で行なっている。しかし、蛍光色素の数をある程度増やせるものの、同じ動物で同時に様々な神経からの投射を調べることはほぼ不可能に近い。しかし現在ではこのような場合、色素の代わりにバーコードを利用することが可能だ。
今日紹介するコールドスプリングハーバー研究所からの論文は、バーコードを用いて神経投射を追跡する可能性を検証した研究で7月9日号のCellに掲載されている。タイトルは「BRICseq Bridges Brain-wide Interregional Connectivity to Neural Activity and Gene Expression in Single Animals (BRICseq法は脳全体の領域間の結合性と、神経活動及び遺伝子発現を同じ動物で橋渡しする)」だ。
この研究では30塩基対のバーコードを挿入したシンビスウイルスベクターを脳の特定の領域に注射、その領域の神経細胞に感染させることで神経をラベルしている。シンビスウイルスは神経のアクソンを通って、支配領域まで到達するので、どこに特定のバーコードを持ったウイルスが存在するかを調べることで、投射の有無を確認できる。
実際には細胞体が存在する場所で最もウイルスの数が多く、神経軸索ではほんの少しのウイルスが存在していると考えられる。これを利用すると、バーコードの存在を追いかけることで、神経の投射を再構成することができる。
ただ神経の結合性を知りたい場合は、脳の解剖学的情報は必須になるので、ウイルスを投射した後、脳組織を小さなブロックに分けて、各場所のブロックにバーコードが存在するかを調べ、この情報から神経投射を再構成するという手間が必要になる。ただ、これが可能になると、あとは同じ脳の別の場所に何箇所もウイルスを注入し、異なる領域間の結合性を同時に再構成することが可能になる。
このために、脳全体をさらに小さなブロックに分け、それぞれのブロックからレーザーで細胞を取り出し、シークエンサーでバーコードの存在と種類を特定している。
何か極めてハイテクに見えるが、著者らは、この方法は手間はかかるが、多くの領域にバーコード付きウイルスを注入して、脳全体を各ブロックの配列を決め、結合性を再構成するためのコストは1ヶ月1万ドルで、どんな研究室でも可能な方法であることを強調している。
この研究のハイライトはあくまでも方法についての着想で、結果については、かなりの精度で投射を追跡することができるという以外にない。ただ、異なるマウスで同じ実験を繰り返してもほぼ同じ地図を作成できることから、再現性の高い方法であることを示している。
そして、この方法の妥当性を確かめるために、カルシウムイメージングで特定した機能的結合性とBRICseqを同じマウスで行い、BRICseqによる結合性と、カルシウムイメージングによる神経興奮の結合性が一致していること、さらにこれにアレン研究所で作成された遺伝子発現マップを重ね合わせ、10種類の遺伝子の発現でこの結合性が予想できることを示している。
要するに、脳の解剖学的結合性が、機能的結合性を支え、さらにこれが遺伝子発現の結果であるということを再確認させて、この方法の重要性を示している。しかし、バーコードの発展、すなわち「見るから読む」への転換はとどまることを知らない。