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「え!ソーシャルディスタンスを守るかどうかは記憶力の問題?」(米国アカデミー紀要掲載論文)

2020年7月18日
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今日はようやく時間ができた週末なので、論文ウォッチで紹介した論文以外に、新型コロナウイルスに関する論文を紹介する。といっても、ソーシャルディスタンシングを遵守するための脳機能について調べた変わり種の論文だ。

米国立衛生研究所とカリフォルニア大学リバーサイド校からの論文で、米大統領が緊急事態宣言を発令した2週間後、どの程度ソーシャルディスタンシングを守ったかについてのアンケート調査と、ウェッブを通じて行う作業記憶のテストの相関を調べた研究だ。

「え!世の中の規範に従う心が記憶と相関するの?」と思ってしまうが、これまでもこの可能性は示唆されていたようだ。

研究では、例えば緊急事態宣言以降、パーティーなどの集まりをさけている、イベントには参加しない、握手やハグをしない、などすでに一般的になっているソーシャルディスタンシング遵守のための項目について、守っているからほとんど守らないまで、点数をつけさせ、各人のソーシャルディスタンシングスコアを計算している。

これと並行して、画面に映る5枚の異なるパネルの位置を1秒後に覚えているかどうかのテストを行いスコア化している。

面白いのは、これらすべてのテストをグーグルの提供するプラットフォームを用いてリモートで行なっていることで、まさに新型コロナウイルス流行時の調査研究のお手本と言っていいだろう。

すべての詳細を省いて結論を述べると、作業記憶力が高いほど、ソーシャルディスタンシングを遵守する傾向があるという結果だ。

極論すれば公明性や公共性もすべて記憶問題と結論できるので、にわかに信じがたいが、その時のムードや性格など様々な要件をすべて差し引いても、この結論は生き残るようだ。

著者も気になったのか、さらに公平性を調べるためのゲーム課題(詳細は省く)に参加してもらい、公平性と作業記憶力の相関を調べると、公平な人ほど作業記憶力が高いという結果を得ている。

作業記憶というのは、ある時間内に私たちが経験したことを一時的に脳内に保持する能力を指しており、長期記憶と区別しているが、結局周りの状況を集めて判断する能力が、ソーシャルディスタンシングを守る公共性につながると結論していいのだろう。

ただこれは米国での話だ。強制しなくとも自粛が徹底する国と言われている我が国で実際どうなのか、誰か是非調べてほしい。

7月18日 新型コロナウイルスに対するT細胞記憶 (7月15日号 Nature オンライン掲載論文)

2020年7月18日
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前回、新型コロナウイルスに対する抗体反応は、もともと人間が生まれついて持っている(germ line:GL)抗原反応部位遺伝子(V遺伝子)(Vgl)の組み合わせで、十分高い活性の抗体が形成されるため、ウイルス抗原に合わて突然変異を蓄積するという通常の成熟過程があまり必要でないことを紹介した(https://aasj.jp/news/watch/13476)。その後同じ結果を支持する論文が私が知る限りで2報発表されているので、人間はもともと活性の高い抗体を作れるように生まれついているのだろう。中和抗体を目指したワクチン開発には朗報と言える。

さらに、現在急速に進んでいる中和活性の高いモノクローナル抗体による治療開発も、実現は近いだろう。ウイルスに対する抗体が病気を悪化させる危険(ADE)も議論されているが、一旦中和活性のあるモノクローナル抗体まで到達すると、抗体分子に操作を加えることでADEを十分回避できる。高額ではあっても、治療の切り札の一つが手に入る日は近い。

しかし、ウイルス感染に対する免疫反応は、抗体反応だけではない。ウイルスがコードするタンパク質に対するT細胞反応が重要な鍵を握っている。いくらVglの組み合わせでいい抗体ができるとはいえ、反応が誘導されるためにはT細胞の助けが必要だ。さらに、多くのウイルスで、感染細胞標的にするキラー細胞がウイルス防御に重要な働きをすることが知られ、このようなウイルス特異的キラーT細胞を誘導できるワクチン開発が、様々なウイルスに対して進められている(https://aasj.jp/news/watch/12433https://aasj.jp/news/watch/13369)。

ただウイルスに対するT細胞の反応を調べるのは抗体を調べるよりはるかに難しい。というのも、ウイルス抗原(ウイルスのタンパク質から切り出される短いペプチド)を認識するためには、このペプチドが組織適合性抗原(MHC)と一緒に細胞の表面で提示されないと、T細胞は反応できない。そして最大の問題はこのMHCの組み合わせが個人個人で大きく違っており(だからこそ移植臓器拒絶が親子間でも起こる)、T細胞がウイルスペプチドを認識する確率は、どのMHCを持っているかで大きく変化することが知られている(https://aasj.jp/news/watch/12923)。

このように、ウイルスに対する免疫の議論には、抗体だけでなくウイルスに対するT細胞の反応を正確に測定することが必要になる。事実、困難を乗り越えてこの難しい課題にチャレンジした研究は読んでいても面白い。驚くことにLa Jolla研究所からの論文では、新型コロナウイルスに感染した人だけでなく、感染していない人にもT細胞免疫が成立していることが示唆された(https://aasj.jp/news/watch/13125)。

今日紹介するシンガポール・デューク大学からの論文は、この研究をさらに進めて、異なるコロナウイルス感染によりT細胞免疫が成立する可能性について調べた研究で7月15日号のNatureに掲載された。タイトルは「SARS-CoV-2-specific T cell immunity in cases of COVID-19 and SARS, and uninfected controls (Covid-19感染者、SARS感染者、および非感染者のSARS-CoV-2に対するT細胞免疫)」だ。

この研究では最初からコロナウイルス間でペプチド配列がよく似ている4種類のウイルスタンパク質に絞ってT細胞の反応を調べている。2つは構造タンパク質、NP-1,NP-2で、非構造タンパク質として選んだNSP7とNSP13はベータコロナウイルス間で完全な相同性が存在している。

これらのタンパク質からT細胞が認識すると予想できるペプチドを216種類作成し、40種類ずつプールして刺激に用いている。T細胞は末梢血に存在するT細胞で、反応はペプチド刺激によるインターフェロン分泌、および刺激されたインターフェロン分泌T細胞の数をフローサイトメータで数える方法を用いている。全てシンガポール在住の成人で、半分がアジア系なので、我が国での免疫状況を考える意味で参考になる。

結果は以下のようにまとめることができる。

  • 新型コロナウイルスに感染した後回復したひと達は、全員ウイルスの構造タンパク質NP1およびNP2由来ペプチドに対してT細胞免疫が成立しており、直接インターフェロン分泌T細胞数を調べたケースではCD4,CD8両方の反応が見られた。一方、NSP7,NSP13に対して一定程度以上の反応が見られたのは3割程度の人だった。
  • 以前SARSに感染した人で調べると、低いレベルではあるがやはり新型コロナウイルスNP1,NP2に対する反応を見ることができる。そして、このとき反応するT細胞は、試験管内でもう一度刺激しなおすと、100倍近い反応を示す。すなわち、刺激に反応して増殖し、さらに強い反応を示す記憶が成立している。
  • SARSにも、新型コロナウイルスにも感染経験のない人を調べると、なんと半分以上の人(19/37)がウイルスペプチドにはっきり反応する。この反応も、SARSに感染歴のあるケースと同じで、試験管内で刺激に応じて細胞が増殖する記憶反応を示す。特に驚くのは、非感染者はベータコロナウイルス間で保存されたペプチドにだけ反応している点で、ベータコロナウイルスのNSP7やNSP13に対するT細胞記憶が、新型コロナウイルスでも動員される可能性が示された。
  • 非感染者で実際に反応しているペプチドを特定し、その由来を探ると、人間のコロナウイルスより、動物が感染しているベータコロナウイルス由来である可能性が高い。

以上が結果で、新型コロナウイルスに対する免疫をT細胞の反応から見ると、今議論されているウイルス型といった細かな差異とは全く関係なく、ウイルス間の共通部分に対する複雑な交差性をもった記憶が成立していることを示している。すなわち、様々なベータコロナウイルスに対する感染歴により、新型コロナウイルスに対するT細胞免疫が、地域ごとに成立している可能性すら示唆している。

今ウイルスに対する免疫については、様々な説が展開されているようだが、我が国でもまずこのレベルの免疫反応検査を行った上で議論しないと、結局何も結論は出ないと思う。

カテゴリ:論文ウォッチ
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