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新型コロナウイルスの拡大状況をゲノム配列から推定する(7月16日号 Nature Medicine 掲載論文)

2020年7月23日
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現在急速に新型コロナウイルス(Covid-19)感染が広がりをみせており、緊急事態宣言時を超える勢いだ。ただ発表される感染者数なるものは、外野の私には何の指標なのかさっぱり理解できない。もしウイルス感染の広がりを把握したいなら、特定の地域でランダムサンプリングによるPCR検査をおこない、その感染状況から推定するしかない。ただ、我が国でそこまで手が回るようになるにはまだまだ時間がかかるだろう。

幸い、ウイルスは人から人へと感染を繰り返すたびに変異する。したがって、この変異を追いかけていけば、バイアスがかかったサンプルでも、ある程度社会全体の感染の広がりを推定することが可能になるのではと思っていた。ネアンデルタール人のゲノムの多様性から、当時の人口を推察するのと同じだ。例えば現在、感染経路が、追跡可能か、不可能か、が問題になっているが、ウイルスの系統樹データがあれば、予測精度は格段に高まることは間違いない。

そのためには刻々変化する感染者から得られるウイルスゲノムをリアルタイムで解析し、それぞれのウイルスの系統樹と個性を計算できるグループが必要になる。当然我が国の感染症研究所でもゲノム解析を行っているが、報告を読むと政策決定のための(例えば神戸のウイルスは東京由来とか)リアルタイムデータ提供を目指している計画とは思えない(間違っていたらごめんなさい)。

しかし今からでも遅くない。データに基づき感染の拡大を把握するため、PCR陽性者が感染しているウイルスゲノムをできるだけ多く調べることで、感染状況をとらえ、正しい政策判断につなげることができることを示した論文が、オランダからNature Medicineに発表された。

この研究ではオランダで2月最初の2症例が報告されて以来、クラスターや、医療施設で働く人たちを中心にモニターし、3週間で189種類のウイルスの全ゲノム配列が決定されている。

この結果、オランダでの感染は1月の終わりに遡れること、おそらくイタリアのスキー場由来の、すでに異なる2株のウイルスに由来していること、持ち込んだ人から地域単位で流行が起こっていることなどが明らかにされている。この研究の対象になった3週間ほどの間にオランダで分離され解析されたウイルス間で、平均の変異数は7.39であり、ランダムサンプリングによる感染拡大を調べる代わりに、ウイルスの側から感染拡大を推測できる可能性が高いことを示している。

要するに、ウイルスの系統樹は感染拡大を知るために極めて重要なデータになることが示された。とすると、現在の我が国のように、感染源を特定できない感染者が拡大し、都市から地方へと感染が拡大している状況の把握に必要なデータが、ウイルスゲノム解析から得られることを示している。

政策決定にも使えるデータとして重要なのはリアルタイムにデータが出ることだが、現在の次世代シークエンサーでは、どうしても解析が終わった時点で2週間かかる。とすると、政策決定には間に合わない。

この研究では常に配列を至適化するプライマーでウイルスを増幅し(ここまでは他の研究と同じだと思う)、それをナノポアフローセルで解析することで、時間の短縮に成功している。要するに、なんとか政策決定に役立てようと一工夫した結果だ。

ぜひ我が国でも、このスピード感でウイルスの解析が進むことを期待する。Go to Travelの評価も、これにかかっているような気がする。

7月23日 RNA polymerase IIの核小体内での機能 (7月15日号 Nature 掲載論文)

2020年7月23日
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相分離概念が導入された今は、核小体はリボゾームを合成するための分子が相分離で濃縮された区域と考えられ、そこではリボゾーム形成に必要なDNA、RNAそしてタンパク質が相転換で濃縮している。そこで合成されたリボゾームは核小体という相分離区域から分離され、最終的には核外へと移行しmRNAと結合して翻訳を行う。すなわち、相分離した区域は渦のように、ダイナミックに成分が変化しつつ、形態を維持していることになる。

今日紹介するトロント大学からの論文は、核小体という相分離体のダイナミックスを垣間見ることができる研究で7月15日号のNatureに掲載された。タイトルは「Nucleolar RNA polymerase II drives ribosome biogenesis(核小体内のRNAポリメラーゼIIはリボゾーム合成を推進する)」だ。

教科書的には、核小体でポリメラーゼI(pol I)が18S、5.8S、28SリボゾームRNAを合成し、そこに核小体の外でPol IIIにより合成された5SrRNAが移動して60S、40S リボゾームが合成され、相分離体から分離すると言えるが、この研究は核小体に普通のmRNA転写に関わるPol IIも局在しているという発見から始まっている。

核小体でPol IIは何をしているのか調べるために、短い時間Pol IIを阻害する実験を行うと、rRNA合成が低下することから、何らかの機能があることがわかる。さらに、免疫沈降で見るとrRNA遺伝子がコードされた領域の間にPol IIは結合し、Pol Iは期待通りrRNAの上流に結合していることがわかる。

次にpol IIが結合している領域はPol Iによりセンスnon coding RNA(ncRNA)が転写されていること、そしてpol IIは同じ領域のアンチセンスncRNAの転写に関わることが明らかになった。すなわち、pol Iとpol IIが同じ領域で一見拮抗しているような結果になった。

もちろんどちらもrRNA合成に必要なので、センス/アンチセンスそれぞれのncRNAが核小体維持にどう関わるかを次に調べ、

  • Pol IIはPol IによるセンスRNA転写を抑える。
  • センスncRNAは核小体の相分離構造を不安定にするが、Pol IIによりこれが抑えられることで核小体構造を安定化する。
  • Pol IIによるアンチセンスRNAはDNAとRループと呼ばれるトリプレックス構造を形成することでセンスncRNAの合成を抑制する。
  • このようにこのDNA領域にはPol I, Pol II, そしてヘリカーゼSenataxinがPol IIとこの領域との結合を調節している。
  • 多くのガンではセンスncRNAの転写が高まっており、この結果核小体相分離体が不安定化することが、ガン細胞で核小体の構造が複雑化する原因になっている。

なぜ核小体を不安定化する要因をわざわざ維持しているのかなど、まだすっきりしないところもあるが、しかし核小体でのリボゾーム合成のダイナミズムを考えると、わざわざ不安定化させることの重要性もわかるような気がした。

カテゴリ:論文ウォッチ
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