造血幹細胞研究は細胞系譜追跡技術とともに発展してきた。幹細胞のコロニー形成法、limiting dilutionと骨髄移植、FACSによる幹細胞の濃縮、レトロウイルスによる幹細胞ラベル、そして単一幹細胞移植など、今から考えると懐かしい。しかし、FACSによる幹細胞の濃縮を除くと、研究手法は最近急速に変化した。これを支えるのがバーコードによる細胞ラベリングと、single cell RNA sequencingだ。
今日紹介するハーバード大学からの論文は新しい世代の造血幹細胞研究の典型といえる研究で、新旧の手法を見事に組み合わせて造血幹細胞の骨髄移植時の再構成能力を決めている遺伝子TCF15を特定した研究で、7月23日号Natureに掲載予定だ。タイトルは「Single-cell lineage tracing unveils a role for TCF15 in haematopoiesis (単位いつ細胞レベルの細胞系譜追跡によりTCF15の造血における役割が明らかになった)」だ。
この研究ではFACSで濃縮した造血幹細胞を、バーコードを組み込んだレンチウイルスに感染させ個々の幹細胞を識別できるようにする。その上で、1000個の標識した細胞を放射線照射マウスに移植、4ヶ月後にマウスの骨髄中に存在する様々な血液前駆細胞と最も未熟な造血幹細胞を別々に調整、scRNAseqでバーコードによる細胞の系譜と、遺伝子発現を同時に特定し、移植した1000個の中に含まれていた幹細胞の能力を分類しようとしている。
結果はこれまでの長年の研究で確認されてきた結果とほぼ同じで、幹細胞の中には早く分裂して多くの分化細胞を供給する幹細胞と、ゆっくり分裂し供給する分化細胞数は多くない幹細胞の2種類に分かれ、それぞれは発現遺伝子が異なっていることが確認された。
この研究ではこうして解析したドナーの骨髄から精製した未熟幹細胞をもう一度移植して、やはり4ヶ月後に骨髄細胞を採取してscRNAseqで解析することで、一次ドナーの造血系に存在するどのタイプの幹細胞が、造血再構成能力が高いかも調べている。さすが、バーコーディングならではと思える実験だが、結果は従来の結論を見事に確認している。すなわち、転写因子の発現パターンで決められているゆっくり自己再生して、分化細胞リクルートには大きく寄与しない血液幹細胞は、移植を繰り返しても同じ能力を維持して、造血の核として働くという結果だ。
ここまでだと、見事な結果とはいえ新規性がないと言われる可能性があるので、最後にクリスパーによるマウス内でのノックアウトを行い、その結果分化した幹細胞分画が増える遺伝子を探索し、TCF15を特定する。
TCF15は初期発生に重要な働きをすることが知られているが、造血幹細胞に関してあまり注目されてはこなかった。そこでノックアウトの効果を、クリスパーによる造血幹細胞のTCF15ノックアウトで確かめると、期待どおりゆっくり増殖する未熟幹細胞が消失する。また、蛍光遺伝子をTSF15に挿入してTCF15陽性、陰性の幹細胞を移植すると、陽性幹細胞のみ造血を再構成することを確認している。
幹細胞の自己再生に必要な分子TCF15まで到達している点も重要だが、従来の造血幹細胞研究と、新しい造血幹細胞研究を結びつけるという意味で、古い世代の私としては高く評価したい。