染色体の構造による遺伝子発現調節は、周りからのストレスにも関わらず細胞の性質を一定に保つ、すなわち安定的に特定の遺伝子発現パターンを維持するために適していると感じる。しかし、その細胞が特定の刺激を受けて、それに対して新しい遺伝子セットを誘導して対応すると言った状況では、染色体で固められた転写パターンを迅速に変化させることは至難の技だろう。
このために様々な機構が存在するが、今日紹介するコーネル大学からの論文は、普通使われるヒストンとは少し違うヒストンバリアント、この研究ではH3のバリアントH3.3を使った転写活性化について解析した研究で7月22日号のNatureに掲載された。タイトルは「Histone H3.3 phosphorylation amplifies stimulation-induced transcription (ヒストンバリアントH3.3のリン酸化は刺激により誘導される転写を増強する)」だ。
わざわざ異なるバリアントが維持されているということは、ヒストンバリアントを組み込むことで生まれる不安定性の利用が重要であることを意味している。例えばガン細胞ではH3.3 転写が外界からのシグナルで高まることでプログラムが代わり、転移が起こることが示されているし、さらにはH3.3により正常のプログラムが不安定化して、異なる系統へプログラムが書き換わることも知られており、たしかにH3.3が転写プログラムを不安定化してくれることがわかる。この研究では、H3.3の31番目のアミノ酸がアラニンからセリンに変わっており、リン酸化を受けることに注目し、刺激依存的リン酸化カスケードによるH3.3リン酸化が、特定領域の染色体構造をリプログラムして、迅速な遺伝子誘導に関わる可能性を追求している。
まず血液や神経細胞をサイトカインなどで刺激すると、確かにH3.3がリン酸化を受けること、そしてリン酸化されたH3.3は刺激により誘導される遺伝子上に結合していることを明らかにしている。すなわち、H3.3はあらかじめ刺激で誘導されるべき遺伝子領域に取り込まれており(このメカニズムは解析されていない)、これをリン酸化することで、転写が高められるメカニズムが示された。
次にどの分子によりリン酸化が起こるのかシグナル経路の阻害剤を用いた検討を行い、LPSによるマクロファージの刺激の場合は自然免疫回路の中核IKKαが関わることを突き止めている。
次にH3.3のリン酸化がどのように迅速な転写を誘導するのか、ある程度あたりをつけた研究を行い、H3.3がリン酸化されると、ヒストンメチル化酵素の一つSTED2を活性化してH3K36をメチル化、これにより染色体構造が開くのを助けることを示している。
加えて、RNA ポリメラーゼの転写反応を止めているZMYNDT1もH3.3 がリン酸化されると染色体から追い出されるため、ポリメラーゼがDNA上を動けるようになることも示している。
すなわち、染色体をon型に変え、抑制を外して転写を迅速に高める機構の一つにH3.3リン酸化があるという結果だ。もちろん、あらかじめH3.3が刺激反応遺伝子領域に導入されているメカニズム、エンハンサーとの関係など知りたいことは山ほどあるが、サイトカインストームも巧妙な仕組みの上にあることがよく理解できた。