関節軟骨の損傷は修復に長期間を要し、しかも積極的介入がないと完全に元に戻ることはできない。これは、軟骨組織から血管網が排除されており、細胞の増殖を維持しにくい構造になっているのと、軟骨幹細胞の再生能力は大人ではほとんど失われているからだ。このため早くから軟骨再生は再生医学の開発が進んでいた。実際、2000年に再生医学のミレニアムプロジェクトをスタートした頃は、培養関節軟骨による再生医学は再生医学の一つのモデルとして考えていた。
今日紹介する英国Queen Mary 大学からの論文は、マウスモデルとはいえひょっとしたら軟骨再生の重要な転換になるかもしれないと期待させる研究で9月2日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Agrin induces long-term osteochondral regeneration by supporting repair morphogenesis (アグリンは修復形態形成をサポートして骨・軟骨の長期再生を誘導する)」だ。
こんな話が今頃出てくるのは不思議なぐらいだが、この研究ではヒト軟骨損傷を動物に移植して障害した後24時間で誘導される分子の中にアグリンを発見し、このアグリンが軟骨再生に利用できないか研究を進めている。
アグリンはシナプス形成時にアセチルコリン受容体を集合させる機能から名前がつけられたプロテオグリカンで、おそらく関節軟骨に発現しているとは誰も予想できないことが、これまでこの分子の関節再生の機能についてほとんど研究が行われなかった理由だろう。ただ、名古屋大学のグループが以前にアグリン受容体として働くLRP4を軟骨細胞株に過剰発現させると、Wntシグナルが抑えられ、細胞が増殖することを示しており、おそらくこの研究から、アグリンが軟骨再生を促すのではと着想した様に思う。
まず軟骨細胞株を用いた実験で、アグリン刺激によりCamKII/CREBシグナル経路が活性化し、その結果Wnt/βカテニンシの下流のシグナルが抑えられ、その結果軟骨細胞の増殖が高まることを確認している。
そして次にマウスの大腿骨関節軟骨に1.8mmの深さの傷を0.8mmの長さにつけた後の治癒プロセスを追いかけている。もし何もしないと、軟骨は全く再生せず、骨の過剰再生と間質の増殖が見られるだけにとどまり、関節の機能は損なわれる。ところが、コラーゲンゲルにアグリンを混ぜて関節に注射すると、骨だけでなく軟骨が再生するのが確認できた。重要なことは、ある程度形態を保ったまま再生が起こった点で、機能回復という点では理想的な再生を誘導できる可能性がある。
さらに、大型動物モデルとして羊の大腿軟骨をに、深さ5mm、長さ8mmの傷をつけ、アグリンの効果を調べている。この条件でも効果は絶大で、アグリン投与群でだけSafraninOで染色される軟骨組織が形成され、羊の活動性も高まる事が示されている。
あとはこの効果の分子メカニズムについて詳しく検討しており、このシグナル回路は骨髄の間質幹細胞には働かず、軟骨組織に存在するGdf5陽性軟骨幹細胞特異的に働いていること、Wntシグナルを抑制して増殖にスイッチを入れるだけでなく、CREBを始めアグリン自体の作用で、形態形成プロセスが誘導される結果、他の増殖因子とは違って異所性に軟骨が形成されたりする心配なく、損傷治癒が起こることを示している。
羊の実験で見ると、もちろん治癒は完全でない様に思うが(素人判断)、それでもかなり期待を持たせる結果ではないだろうか。