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9月21日 運動による筋肉強化のメカニズム(10月1日号 Cell 掲載予定論文)

2020年9月21日
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最近トップジャーナルに運動の効果についての研究を多くみるようになった。例えば昨年、エクササイズを続けると筋肉に発現しているFNDC分子が分解されirisinという物質が分泌され、これが海馬に働いて記憶のシグナルが活性化されるという面白い論文を紹介した(https://aasj.jp/news/watch/9706)。このように、運動の主体である筋肉は、自ら運動を測定して様々な分子を分泌し、全身に情報を伝えおり、このようなメカニズムが急速に解明されつつある。そして、これらの結果はすぐに、アスリートも含めて、私たちの運動能力を高める様々なメニューとしてフィードバックされている。

今日紹介するハーバード大学からの論文はアスリートの運動能力を高めるという意味ではかなり重要な研究でないかと思う。タイトルは「pH-Gated Succinate Secretion Regulates Muscle Remodeling in Response to Exercise(pHにより制御されるコハク酸分泌がエクササイズに対する筋肉のリモデリングを調整する)」だ。

運動を繰り返すと、筋肉自体だけでなく、それを支える神経や血管などが再構成され、運動能力向上に寄与することは、誰もが経験することだ。しかし、この運動能力のリモデリングを誘導するメカニズムについてはまだまだ不明な点が多い。

この研究では運動後の筋肉内で分泌される分子が、筋組織の再構成を誘導すると目星をつけメタボローム解析を行った結果、コハク酸が運動に反応して細胞外液に分泌されることを発見する。同じことは人間でも確認された。コハク酸は運動により活性が高まったTCAサイクルで産生されることから、筋肉の活動を伝達する分子としては理にかなっている。

しかし問題は大事なコハク酸は細胞内のレベルが少々上がっても細胞外には出てこない点で、細胞外に出ているということは、筋肉細胞内からチャンネルを通して外に出てきていることを示唆している。この分泌のメカニズムを探った結果、筋肉運動で細胞内のpHが低下することで、コハク酸がカチオン化され、これがコハク酸のトランスポーターMCTにより細胞外へ分泌されることを明らかにする。まとめると、運動により高まった代謝で細胞内のpHが下がり、これによりカチオン化されたコハク酸が、メッセンジャーとして分泌されるという巧妙な仕組みが明らかになった。

次は、このメッセンジャーがどの細胞に作用し、どのように組織再生に関わるかだが、従来からコハク酸受容体として知られているG共役受容体SUCNRに絞って筋組織での発現と機能を調べ、

  • SUCNR1は筋肉細胞ではなく、血管も含めて周囲の細胞で発現している。
  • 正常マウス運動時に見られるPKAやMAPKシグナル経路が、SUCNR1ノックアウトマウスでは見られない。
  • SUCNR1が周りの組織で活性化すると、細胞接着や、細胞外マトリックス分泌、神経支配などに関わる分子の発現が変化する。
  • これらの結果、コハク酸シグナルは、運動後の筋組織強化に関わるが、このシグナルが抑制されると全く運動の効果が見られない。

などを明らかにしている。運動、細胞内pH低下、カチオン化コハク酸分泌、周囲細胞の転写誘導、筋組織強化という美しいシナリオだが、この結果を生かしたトレーニングプログラムもすぐ開発されるように思う。コハク酸の塗り薬もすぐ出るかな?

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