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9月2日 進む新型コロナウイルススパイクの構造解析(9月3日号 Cell 掲載論文)

2020年9月2日

「With コロナ」という言葉は、今後私たちが新型コロナウイルス感染の恐怖と共に生きなければならないという消極的な意味に聞こえる。しかし、ウイルスを地上から撲滅できなくても、新型コロナウイルス治療法開発により恐怖は解消することは間違い無く、既存薬も含めて治癒率の高い治療法が年内には提供されるようになると私は楽観視している。この確信の根拠については、ウイルスがコードする各タンパク質を標的とする薬剤の開発状況を調べた「希望」のチャートを作成しつつあり、完成すれば皆さんにも提供したい。

しかしこの中で最も希望が持てるのが、ウイルスが細胞へ侵入するときに必須の分子スパイクタンパク質に対するモノクローナル抗体治療だと思う。例えば米国の治験登録サイトClinicalTrials.govでcovid-19 and monoclonal antibodyをキーワードに検索すると、なんと47の治験がリストされている。そのうち既に第3相に入った治験も17存在することを知ると、多くのモノクローナル抗体薬が既に開発が終わり、嬉しいことに熾烈な開発競争が進んでいることがわかる。これほど多くのモノクローナル抗体を開発できる理由の一つが、感染した患者さんのB 細胞から直接抗体遺伝子を分離できるため、最初から人型の抗体が使える点だろう。少なくとも利用可能なmAb薬は年内に出てくると勝手に予想している。

一方で抗体の標的となるウイルス側分子スパイクについての研究も驚くべきスピードで進んでいる。スパイクの研究は、抗体の臨床結果を解釈する意味で欠かせない。この研究分野で気になるのが、スパイクが結合する分子のレパートリーが増えてきている点で、ACE2のみならず、ニューロピリン、CD209、そしてなんとMERSウイルスが侵入に使うDPP4まで、新型コロナのスパイクと結合できることを示す論文が発表されている。今後これらのスパイク結合分子の役割について理解を深めることは重要だ

このような現象をしっかり理解するためには、スパイクタンパク質の構造と生化学をしっかり理解することが必要で、今日紹介する2編の論文は、この問題が徹底的に解析されていることを知る意味で格好の論文だと思う。

最初の英国MRCからの論文はクライオ電顕を用いてウイルス上に発現されているスパイクタンパク質の構造を解析した研究で8月17日にNatureにオンライン出版された。

もちろん、精製したスパイクタンパク質の構造解析に関しては多くの論文が存在し、治療抗体の開発に必須の情報を提供している。しかし、このグループはさらに進んで、実際のウイルス粒子上のスパイクの構造を解析している。結果は、これまでの構造解析結果を大きく変えるというものではないが、一つのウイルス粒子の中に、細胞側と融合する前のスパイクと、融合後のスパイクが同時に存在している図や、異なる立体構造を示すスパイクタンパク質が共存しているのを見ると、本当に驚く。

この論文を読んで感じるのは、新型コロナに関しては、これで十分と思うのでは無く、やり残しのないよう、徹底的に研究し尽くすという研究者の意気込みだ。この意気込みを見ると、希望がふくらむ。

それを示すもう一つの例が米国Fred Hutchinsonがんセンターから9月3日号のCellに発表された論文だ。

これまでウイルスの変異により、抗体が効かなくなったり、ウイルスの感染力が高まったりすることが指摘されているが、基本的にはウイルスゲノムの変異から適当に推察しているに過ぎないことが多い。

この研究ではスパイクタンパク質を構成する全てのアミノ酸を、それぞれ16種類の別のアミノ酸に置き換えた膨大な遺伝子ライブラリーを作成し、全てを酵母細胞表面に発現させて、1)安定的なタンパク質として発現できるか、2)ACE2との結合性、の2種類の指標で評価している。すなわち、可能な全てのスパイク分子の変異とその形質についての、網羅的チャートと材料が整った。

当然多くの変異は機能的タンパク質の合成を阻害するため、酵母表面に発現できなくなる。とはいえ、ほかのタンパク質と比べるとスパイクタンパク質の多くのアミノ酸残基は変異によっても影響されにくく、逆にいうと多くの変異が許容されることがわかる。この多くの変異が許容できる可塑性が、コロナウイルスの細胞侵入に様々な分子が使われる理由になっているのだろう。このライブラリーを使うと、ほかの動物への感染性も網羅的にテストすることが可能で、ウイルス進化を知るためにも重要なリソースになる。

また、現在流行中のウイルスゲノムをこのチャートに照らして、感染性を推察することができる。今回人為的に作成した変異の中には、安定に表面に発現できるようになる変異、あるいはACE2とより高い親和性を持つ変異などが見つかっており、まだまだ高い感染性をもつウイルスが出現する可能性を示唆しているが、幸い同じような変異はまだ流行中のウイルスには存在していないことも確認できる。これまで、ゲノムと流行度に基づいて、適当に行われてきた感染性の評価も、このチャートのおかげで正確な予測ができるようになるだろう。

この研究では調べられていないが、このライブラリーはニューロピリンなどほかの分子との結合の評価にも使えることから、ゲノムと病気の進展の関係についての研究が一段と進むと期待できる。

他にも多くの可能性を秘めた研究だが、私が強調したいのは、このレベルまで新型コロナウイルスについては研究が進んでいる点だ。このような進展を逐一伝え、新型コロナウイルスも近いうちに克服できることを示していくのも、メディアの重要な役割だと思う。その意味でこのブログは、楽天主義を貫くことにしている。

カテゴリ:論文ウォッチ
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