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ロックダウンで地震計のノイズが世界中で消えた(9月11日号 Science 掲載論文)

2020年9月12日

宇宙背景放射という言葉をご存知だろうか?ビッグバンの決定的証拠とされる宇宙の全方向からやってくる弱い光のことだ。専門外なので、このマイクロ波について解説する気は無いが、この発見の経緯は面白い。ベル研究所で高感度アンテナの性能を調べていたところ、微小な連続的ノイズの存在に気づく。ノイズの元は何か、鳩の糞まで調べてもその原因は見つからず、しかもあらゆる方向から届いていることがわかった。最終的に、このノイズこそが宇宙背景放射と呼ばれる天球からの電波であり、決してノイズではないことがわかるのだが、この話は観測にとって何がノイズで、何がシグナルなのかを決めることの難しさを示す有名な物語だ。

地球上は人間であふれている。このため、物理的観測にとっていちばんの難問は、人間活動により生じるノイズだ。結果、天文台は山奥から、今や宇宙にまで場所を移している。そして、今日紹介する論文では、人間の活動が不断に大地を揺らし続けていることが示された。新しいサイエンス誌を開いた時にまず目に飛び込んできた論文で、タイトルには地震というウイルスとは全く関係のない単語がCovid-19と一緒に並んでおり、思わず手に取った。

ベルギー・ブリュッセルを中心に世界の地震研究所が集まって発表した論文のタイトルは「Global quieting of high-frequency seismic noise due to COVID-19 pandemic lockdown measures(地球規模の高周波数の地震計ノイズがCovid-19によるロックダウンで静かになった)」だ。

「seismic:地震」と「新型コロナ:Covid-19」という2つの単語を見て興味を惹かれない人はいないだろう。新型コロナウイルス感染症と地震の間にどんな関係があるのか? しかしタイトルを読んでしまえば全ての疑問は解消する。要するに、Covid-19によるロックダウンが世界規模で起こったことで、地震計で検知されるノイズが減ったということだ。

この研究では世界に散らばる268機の地震計記録を集めて、実際の地震波とは異なる高周波の振動だけを取り出し、2019年12月から2020年5月まで分析したものだ。驚くことに、新型コロナウイルス感染とは関係なく、高周波振動記録は、各地での人間活動を反映するのがよくわかる。すなわち、クリスマスから新年にかけて、世界中で振動が減少する。(オープンアクセスなのでこのチャートを見ることができる:https://science.sciencemag.org/content/369/6509/1338 )。

ただ、ロックダウンによる影響はクリスマス休暇に見られる程度で済まないことがチャートからわかる。1月の終わり中国でロックダウンが始まると、高周波の振動はほとんど止まる。そして3月に入るとイタリアから急速に振動が停止していき5月まで続いている。

場所によっては、振動が続いているのも観察される。チャートを眺めて得た個人的印象なので正式な結論とは考えないでほしいが、一般的にヨーロッパでは振動の低下が激しく、米国では振動が残る傾向がある。我が東京でも、完全には振動は止まっていない。今後このデータと人出や経済活動データを照らし合わせれば、地震計で人間の活動を定量することがわかるだろう。とすると、ロックダウン解除による人間活動の再開も、地震計の記録から定量できると思う。

要するに、人間の活動が常に大地を揺らしているのだ。この影響が到達する距離など詳しく調べているが詳細は省く。この揺れが低下した半年、これまで望んでも望めなかった、地殻活動としての高周波の記録が可能になったと思う。その意味で、Covid-19は地震学に大きな貢献を果たすかもしれない。

9月12日 細胞内でのコロナウイルス動態を可視化する(9月12日 Science 掲載論文)

2020年9月12日

多くの医学生は電子顕微鏡で捕らえられた月面着陸船の様なファージウイルスの精妙な構造を目にして、感銘を受けたはずだ。それほど実際に目で見ることは重要だ。今回の新型コロナウイルス感染症でも、ウイルスがコードする多くのタンパク質の構造が、クライオ電子顕微鏡などを用いて詳しく解析され、薬剤の開発を後押ししている。

今日紹介するオランダ ライデン大学からの論文はdouble membrane vesicle(DMV)と呼ばれる小胞構造が、ウイルスの増殖のための隠れ家として機能できるのかについて電子顕微鏡でひたすら観察した研究で、9月12日号のScienceに掲載された。タイトルは「A molecular pore spans the double membrane of the coronavirus replication organelle (コロナウイルス増殖オルガネラの二重膜を貫く穴の構造)」だ。

コロナウイルスRNAは、ウイルスゲノムとしては大きく、自然免疫に検知されることなく増殖するための複雑な機構を備えている。中でも重要なのが細胞内の小胞体を構成し直して形成する小胞構造DMVで、これは増殖オルガネラ(RO)と呼ばれる。これにより、ウイルスRNAは自然免疫を刺激することなく、自由に増殖できるが、いつかはROから外に出て、新しいウイルス粒子にパッケージされたり、ホストのリボゾームに結合して翻訳に関わる必要がある。

この研究では新型コロナウイルスではなく、安全に研究できるネズミ肝炎コロナウイルスが感染した細胞のウイルス増殖オルガネラを、クライオ電子顕微鏡でひたすら観察している。新型コロナ感染細胞も基本的には同じと考えている。見えたものを言葉で表すのは難しいが、見て面白いと思ったものを以下に列挙しよう (オープンアクセスなので実際の写真も見ることができます:https://science.sciencemag.org/content/369/6509/1395)。

  • まずROにつながった紐の様な小胞体が見えることから、小胞体が再構成してできたのがROであることがわかる。
  • 期待通りROの中には糸状のRNAが詰まっている。そして一部は長いdouble strand RNAとして存在している。
  • ROには複数の二重膜を貫く分子複合体が存在し、中央に細孔を形成して細胞質とつながっている。
  • この分子複合体の正体はnsp3で6個の分子で一つの細孔を形成している。
  • この複合体に直接おそらく複製複合体と思われる分子が結合している。
  • 細胞質側に突き出た腕にもおそらくNタンパク質と思われる分子との結合が見られる。すなわち、ROから出てきた+RNAにNタンパク質はここで結合する。
  • Nタンパク質が結合したRNAは細胞質を拡散してスパイク分子やMタンパク質が結合した小胞体に結合、ウイルス粒子を作る。

以上文字で表現したことが全て写真で示されているので、ぜひ見てほしいと思う。もちろん見ただけでは、ウイルスのプラス鎖とマイナス鎖が如何区別されるのかや、他のnsp4, nsp6がRO形成に如何関わるかなど、まだまだ見たい部分もあるが、時間の問題だろう。

素人なのでこれらの像を撮影するのがどれほど難しいか想像がつかないが、時間がかかっていることを考えると、本当は大変な作業だったのだろう。しかし、見ることの重要性がよくわかる研究だった。

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