宇宙背景放射という言葉をご存知だろうか?ビッグバンの決定的証拠とされる宇宙の全方向からやってくる弱い光のことだ。専門外なので、このマイクロ波について解説する気は無いが、この発見の経緯は面白い。ベル研究所で高感度アンテナの性能を調べていたところ、微小な連続的ノイズの存在に気づく。ノイズの元は何か、鳩の糞まで調べてもその原因は見つからず、しかもあらゆる方向から届いていることがわかった。最終的に、このノイズこそが宇宙背景放射と呼ばれる天球からの電波であり、決してノイズではないことがわかるのだが、この話は観測にとって何がノイズで、何がシグナルなのかを決めることの難しさを示す有名な物語だ。
地球上は人間であふれている。このため、物理的観測にとっていちばんの難問は、人間活動により生じるノイズだ。結果、天文台は山奥から、今や宇宙にまで場所を移している。そして、今日紹介する論文では、人間の活動が不断に大地を揺らし続けていることが示された。新しいサイエンス誌を開いた時にまず目に飛び込んできた論文で、タイトルには地震というウイルスとは全く関係のない単語がCovid-19と一緒に並んでおり、思わず手に取った。
ベルギー・ブリュッセルを中心に世界の地震研究所が集まって発表した論文のタイトルは「Global quieting of high-frequency seismic noise due to COVID-19 pandemic lockdown measures(地球規模の高周波数の地震計ノイズがCovid-19によるロックダウンで静かになった)」だ。
「seismic:地震」と「新型コロナ:Covid-19」という2つの単語を見て興味を惹かれない人はいないだろう。新型コロナウイルス感染症と地震の間にどんな関係があるのか? しかしタイトルを読んでしまえば全ての疑問は解消する。要するに、Covid-19によるロックダウンが世界規模で起こったことで、地震計で検知されるノイズが減ったということだ。
この研究では世界に散らばる268機の地震計記録を集めて、実際の地震波とは異なる高周波の振動だけを取り出し、2019年12月から2020年5月まで分析したものだ。驚くことに、新型コロナウイルス感染とは関係なく、高周波振動記録は、各地での人間活動を反映するのがよくわかる。すなわち、クリスマスから新年にかけて、世界中で振動が減少する。(オープンアクセスなのでこのチャートを見ることができる:https://science.sciencemag.org/content/369/6509/1338 )。
ただ、ロックダウンによる影響はクリスマス休暇に見られる程度で済まないことがチャートからわかる。1月の終わり中国でロックダウンが始まると、高周波の振動はほとんど止まる。そして3月に入るとイタリアから急速に振動が停止していき5月まで続いている。
場所によっては、振動が続いているのも観察される。チャートを眺めて得た個人的印象なので正式な結論とは考えないでほしいが、一般的にヨーロッパでは振動の低下が激しく、米国では振動が残る傾向がある。我が東京でも、完全には振動は止まっていない。今後このデータと人出や経済活動データを照らし合わせれば、地震計で人間の活動を定量することがわかるだろう。とすると、ロックダウン解除による人間活動の再開も、地震計の記録から定量できると思う。
要するに、人間の活動が常に大地を揺らしているのだ。この影響が到達する距離など詳しく調べているが詳細は省く。この揺れが低下した半年、これまで望んでも望めなかった、地殻活動としての高周波の記録が可能になったと思う。その意味で、Covid-19は地震学に大きな貢献を果たすかもしれない。