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9月18日 解離体験の脳科学 (9月16日号 Nature 掲載論文)

2020年9月18日
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何年もにわたって論文を読んでいると、次の論文が待ち遠しい研究グループがいくつかできてくる。中でもスタンフォード大学のKarl Deisserothのグループは、光遺伝学の創始者というだけではなく、毎回思いもかけない脳機能を取り上げ「こんな風に研究ができるのか!!」と感心させてくれる。

そして今日紹介する論文はマウスで研究ができるとは思えなかった解離現象に関する研究で9月19日号のNatureにオンライン出版された。タイトルは「Deep posteromedial cortical rhythm in dissociation(脳後内側深部に見られる皮質リズムが解離に関わる)」だ。

解離体験を一言で説明するのは難しいが、自分が現実の世界やこれまでの記憶などから切り離された気持ちになることで、自分であるという感覚が喪失していると言えるだろうか。もちろん誰でも経験があることだが、特に重症の場合離人症、解離性健忘、解離性同一性障害(多重人格)と病名をつけている。

おわかりのように解離体験は極めて主観的な体験で、これを動物実験で解明しようとはなんと大胆なと、思わず引き込まれる。もちろん、主観的体験をマウスで記録することは難しい。代わりにDeisserothたちが目をつけたのが、解離性麻酔薬と知られるケタミンだ。ケタミンは、皮質上部を抑制し、一方深部を刺激して、実際に現実からの解離感覚を誘導することが知られている。

研究ではまずケタミン投与により、脳梁膨大部皮質(RSP)と呼ばれる後脳深部得意的にゆっくりした1−3Hzの興奮の波が検出されることを発見する。と簡単に書いたが、Deisserothの論文には欠かせない新しい技術が使われている。この研究では脳全体を神経細胞レベルで記録するための方法で、RSPの神経全体が振動するのを見せられると感激する。

次にこのゆっくりした脳の興奮リズムが皮質のどこから発生しているのか、層ごとにカルシウムシグナルが記録できるマウスを用いて調べ、第5層の神経細胞の興奮によりこの興奮リズムが形成されていることを明らかにする。

RSPは元々脳の様々な領域と同調しているが、ケタミン投与後10分ほどでこの同調は完全に切れる。しかし、視床の一部では、逆により強い同調興奮が見られ、さらに連結はしていても、逆相の振動をおこす視床領域も特定している。このように、解離自体生理学的には脳領域間の結合性が新たに作られることに基づくと言える様に思う。

次の問題は、RSPとの結合の新たな再構成を、マウスの行動と対応させられるかだが、スクリーニングの結果感情やモチベーションに関わる反応が低下することに気づき、これを解離体験の代わりに使っている。本当にそれでいいのかという意地の悪い批判もあるかもしれないが、私はこれで納得した。

そして最後の詰めになるが、RSPで遅い脳波が発生することが解離体験の引き金かどうか調べている。得意の光遺伝学で第5層の神経細胞に2Hz周期で刺激を与え、行動変化を調べると、様々な刺激に対する反射は全く損なわれないが、子育などの感情的な行動が著名に低下していることを確認する。逆に、RSPの第5層の神経細胞の興奮を光遺伝学的に抑制すると、ケタミンによる解離現象が抑えられることも確認している。そして、ケタミンによりRSPのリズムが生まれるメカニズムについても明らかにしている(この論文はジャーナルクラブで取り上げるので、その時にこの回路も詳しく説明する)。

ドストエフスキーの小説白痴で何度も登場するのが、てんかん発作まえに感じられる解離体験だが、最後にDeisserothたちも脳内電極により広い範囲をモニターし続けたてんかん患者さんの中で、実際に主観的解離体験を経験した症例の脳興奮記録を詳しくしらべ、RSPに対応するposteromedial 皮質で3Hzのリズムが刻まれることを確認し、ネズミでの結果が人の解離体験にも対応できることを示している。

以上、面白いこと間違い無いのだが、全部説明しきれない。そこで、来週25日午後7時からジャーナルクラブでより詳しく説明するので乞うご期待。

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