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9月17日 乳ガンの分裂異常を突く(9月9日 Nature オンライン掲載論文)

2020年9月17日
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遺伝子変異を調べてガンの治療方針を立てることが我が国でもようやく普及してきた。これは、ガンの増殖を推進しているドライバー分子に対する様々な分子標的薬が開発されたことが大きい。有名な例で言えば、肺ガンとEGF受容体変異やALK融合遺伝子などがそうで、変異を特定しないと治療の意味がない。ただ、分子標的薬がなくとも、一般的なガン治療法の治療効果の予測に役立つ遺伝子検査もある。例えば、DNA修復に関わる遺伝子の変異は、抗ガン剤の選択に重要な情報だし、さらにはガン抗原が増えることからチェックポイント治療の効果予測にも使われる。

今日紹介するオックスフォード大学からの論文は17q23染色体部位の増幅した乳ガンが持つ分裂時の脆弱性を解析して新しい治療法の開発を目指した研究で9月9日Natureにオンライン掲載された。タイトルは「Targeting TRIM37-driven centrosome dysfunction in 17q23-amplified breast cancer (17q23増幅が見られる乳ガンのTRIM37 による中心体の機能異常を標的にする)」だ。

細胞分裂を中心体がリードするのは当たり前と思ってしまうが、ガン細胞によっては明確な中心体なしに分裂するものがある。このため、中心体のコントロールに必要な分子PLKを標的とした薬剤はこの様な細胞には効果がない。乳ガン細胞も同じで、中心体がなくとも分裂糸を再構成して分裂できるためPLK阻害剤の効果はない。この研究では、17q23の増幅が見られるガンはPLK阻害剤に対する高い感受性を持つことに注目し、この感受性の分子メカニズムの解明を目指している。

したがって、ガン研究というより、ガン細胞を用いた細胞生物学研究といった印象が強い。いずれにせよ、まず17q23増幅領域にある40種類の遺伝子の中から、E3ユビキチンリガーゼの一つTRIM37が増幅により中心体非依存的分裂を抑制していることを発見する。実際、17q23増幅乳ガンでTRIM37をノックダウンするとPLK阻害剤に耐性になるし、TRIM37を過剰発現させると、17q23増幅がなくともPLK阻害剤の効果が高まり、細胞は分裂期に破綻し死ぬことを確認している。

次に、TRIM37が中心体非依存的分裂糸形成を阻害するメカニズムを探り、TRIM37が多くの中心体分子と相互作用し、ユビキチン化を通して分子を分解することを発見する。すなわち、TRIM37は中心体に集まる分子の分解を促進して分裂糸形成過程を抑制する作用があり、通常は中心体以外で異所性の分裂中心ができない様に見張っている働きがあることを明らかにする。

ところが、17q23領域が増幅してTRIM 37が上昇すると、分裂中心での機能分子が分解され、中心体非依存的分裂ができなくなる。実際17q23増幅が見られる乳ガンでは中心体の周りに集まる分子の量が低下している。

以上のことから、中心体が存在しない場合も、分裂糸の中心は形成されるが、TRIM37の発現が増加すると、この分裂中心形成がうまくいかず、ガンは分裂途中で破綻してしまう。したがって、TRIM37の発現量を調べることで、PLK阻害剤の効果を予想することができることになる。

このように、ガンのドライバーとは別に、ガンには特殊なメカニズムが進化している可能性が多く、これが特定されることでより正確なガン治療が可能になる。もっと大規模なプレシジョンメディシンを推進してほしい。

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