新型コロナウイルスの感染はスパイクタンパク質がACE2をはじめ、いくつかのホスト側の分子と結合することから始まる。当然感染防御および治療の第一線として、抗体をはじめとするこの過程の阻害剤の開発が進んでおり、このブログでもなんども紹介してきた。しかし、モノクローナル抗体にせよ、可溶性の受容体にせよ、コストの面で利用できる国は限られる。
このため、安価な感染予防方法はないかなといつも論文を探しているが、今日紹介するカリフォルニア大学サンディエゴ校からの論文は、新しい感染予防の方法としては期待できると感じた。タイトルは「SARS-CoV-2 Infection Depends on Cellular Heparan Sulfate and ACE2 (SARS-CoV2感染は細胞の発現するHeparan SulfateとACE2に依存している)」で、9月10日Cellにオンライン掲載された。
この研究は、多くのウイルスが細胞表面上の特異的分子に結合する際、細胞表面に集まるための方策として細胞膜上に多量に存在している多糖類を使っていることに着目し、新型コロナウイルス感染も、ACE2だけでなく多糖類に依存している可能性について、スパイクタンパク質の構造を見直すところから始まっている。
その結果ACE2と結合する部位に接して陽性に荷電した領域が分子表面に存在し、そこに全ての動物細胞に存在するヘパラン硫酸(HS)が結合できる可能性が示された。面白いことに、新型コロナウイルス(CoV2)もSARSウイルス(CoV1)もHS結合部位が保存されており、HS結合の重要性がわかるが、CoV2でさらに陽性荷電の高いアミノ酸が一つ付け加わっていることで、この結果CoV2がより高い感染効率を獲得していると考えられる点だ。
以上は、一種机上で行う理論的検討の結果で、あとはこの結果を実験的研究で示す必要がある。そこでまず、ウイルススパイク分子を合成しHSへの結合を調べると、予想通りCoV2はCoV1より強くHSに結合し、さらにHS結合によりACE2への結合チャンスが高まることも示している。すなわち、スパイクとACE2の結合チャンスをHSが高めることがわかった。また、細胞膜上のHSをヘパリナーゼで分解したり、あるいは合成経路を遺伝子ノックアウトで阻害する実験を行い、細胞膜上にHSが存在しないとスパイクの結合が低下することを明らかにしている。
以上の結果は、細胞がプロテオグリカンとして合成する細胞膜上のHSがスパイクのACE2への結合を助けており、HSをプロテオグリカンから遊離させてしまうと、HSの作用が消失することを示している。とすると、最初から可溶性のHSやヘパリンを加えておけば、スパイクの細胞への結合が阻害される可能性がある。事実、HSやヘパリン存在化でスパイクの細胞結合実験を行うと、期待通り結合は阻害される。
そして最後に、ウイルスの細胞への感染効率を調べる実験系で、ヘパリナーゼ処理やヘパリンがウイルス感染を抑えることを確認している。
以上、新型コロナウイルスは細胞上に形成されたHSを用いることで、最終的にACE2への結合チャンスを高めており、これをヘパリナーゼ処理や、可溶性のHS、あるいは同じ糖鎖構造を持つヘパリンでも抑制できることが示された。
全て試験管内の実験系で、動物を用いた感染実験が必要だが、この結果はヘパリナーゼやヘパリンといった安価な感染予防が可能であることを示している。もちろん阻害効果は100%ではないが、ウイルス感染は確率論の問題なので、少しでも感染ウイルス数を減らすことは、個人にとっても社会にとっても重要だ。ここからは私の勝手な想像だが、外出前にヘパリナーゼやヘパリンを吸入して鼻粘膜を感染から守るといったことも可能かもしれない。
もちろん感染が疑われるとき、さらなる感染を抑える目的でヘパリンなどを服用する可能性もある。じっさい、多くの病院では血栓予防のために低用量ヘパリンを新型コロナ感染に用いており、もしこの処置が血栓予防以外に、ウイルスの際感染を抑えていたら一石二鳥になる。もちろん出血傾向を高めるヘパリンをむやみに服用できないが、この研究では抗凝固作用を取り除いたヘパリン様物質でも感染防御に効果があることを示している。
ウイルス感染を確率論の問題として捉えれば、少しでも感染量を減らすことは重要になる。その意味で、感染効率を下げるための様々な方法に関するインスピレーションが湧いてくる論文だ。