今日紹介するカリフォルニア大学サンフランシスコ校とプリンストン大学からの論文は、一般の読者にはかなり難解な論文であることを最初に断っておく。というより、私の能力では易しく解説することができない。しかも、内容が膨大すぎて、個々の結果を詳しく説明することも簡単でない。しかし研究内容はトップジャーナルに掲載されている論文の中でも、間違いなくトップクラスで、むちゃくちゃ面白い。この論文を読んで「なんと素晴らしいアイデアか!」と膝を打った。タイトルは「Mapping the genetic landscape of DNA double-strand break repair(DNA二重鎖切断修復の状態の遺伝的原因を特定する)」だ。
DNA切断修復は、放射線などの外界ストレスに対する防御だけでなく、減数分裂時の組み換え、遺伝子再構成など、様々な生命過程に関わっており、関わる分子も多様かつ重複しており、極めて複雑だ。ただ、抗体遺伝子再構成のように、組み変わる場所が絞られている場合はともかく、DNA切断があちこちで起こると、解析が難しい。また、一つの修復過程に数多くの分子が重複して関わるため、個々の遺伝子ノックアウトを組み合わせる研究では、らちが明かない。
これらの問題を一挙に解決したアイデアが、クリスパーを用いて遺伝子ノックアウトと同時に、DNA切断部位も特定できるようにした今回のRepair-seqと呼ぶアイデアだ。まず、この方法について詳しく紹介しよう。
実験系は思いのほか単純だ。レトロウイルスベクターに、これまで二重鎖切断(DBS)修復に関わることが知られている遺伝子をノックアウトするためのガイドRNAを組み込み、その下流にさらにCas9により切断されるためのPAM配列を設置しておくと、ガイドRNAが転写されたとき、ホスト遺伝子だけでなく、ガイドRNAをコードするレトロウイルス自体にも、DNA切断酵素としてのCas9がリクルートされる。このCAS9により、ホスト遺伝子がノックアウトされると同時に、レトロウイルス上のPAM配列上流もカットされることになる。
このDSBは修復できないと細胞は死ぬので、修復された細胞が生き残るが、それぞれの細胞では、DSB修復に関わる遺伝子のどれかがノックアウトされており、どの遺伝子がノックアウトされているのかも、レトロウイルス中のガイドRNAをコードする遺伝子配列から特定できる。
すなわち、ある特定の遺伝子をノックアウトしたとき、修復結果がどうなるかを、ゲノムに飛び込んだレトロウイルス遺伝子の配列の一部を決めるだけで、全てわかるという方法だ。
これまで、DBSがゲノムの様々な場所で起こるため、修復結果を配列として調べるのが難しいという問題を、見事に解決し、特定の遺伝子が欠損すると修復状態がどう変わるかについて、包括的に調べられるようになった。
では何がわかるようになったのか。実際には、修復のされ方は様々なので、切断箇所が修復された後の配列から、起こったプロセスをおおよそ想像することができる。例えば、大きな欠損が入ったり、逆に他の配列が飛び込んだりするためには、特定の修復のされ方が必要になる。
この研究により10種類以上の修復のされ方を配列から分別することができ、この修復のされ方と、それに関わる遺伝子を対応させることで、例えば挿入修復には3種類存在し、それぞれ別の酵素により調節されていることがわかる。また、従来この過程に関わるとされてきたNHE結合に関わる分子群は決して同じようにそれぞれの過程に働くのではなく、過程によって促進的に、あるいは抑制的に働くことがわかる。このようなマップを、他の修復状態についても全て特定することができる。
さらには、一つ一つの過程に関わる酵素について、関わりの強さとともに完全にリストすることができ、このリストを元により詳しい解析が可能になる。
また、細胞周期や発ガン過程などでのDBS修復のインパクトについても、ノックアウトした細胞の細胞周期や遺伝子発現を調べることで、解明することができる。DBS修復の生体機能への重要性を考えると、このリストは素晴らしい。
この研究ではCas9を主にDBSに使っているが、Cas12のような、切り方の異なる酵素を使うことで、同じ系で他の修復に関わるマップも作成できる。
最後に、遺伝子編集の微細な調整に必要な条件についても、例えば修復時に遺伝子配列を挿入させる条件で、成功率とそれに関わる遺伝子リストを作成し、例えば点突然変異誘導のための正確な条件を特定することができる。
以上、様々な可能性を追求した論文なので、データが膨大で読みにくいとは思うが、誰もが利用できるエンサイクロペディアが完成したという印象の、素晴らしい論文だった。是非読んで欲しい。