我々団塊の世代は、新しい世代に接するたびに実感するが、遺伝背景にかかわらず、子供時代の栄養状態が、身長に大きな影響を及ぼしている。もちろん疫学的にも、体格とともに、初経の時期など、思春期の始まる時期も栄養と比例していることが知られている。一見当たり前のように思えるこの事実も、しかし説明することは簡単でない。これは、栄養と内分泌系が食欲中枢などを介して、複雑に関係しているからで、これを解きほぐすためには、思春期や子供の成長と密接に関わるマスター分子を特定することが必要になる。
この候補分子が、レプチン・メラノコルチン系で、代謝と視床下部でのホルモンネットワークをつなぐ最も重要な回路と考えられている。今日紹介する英国医学協会代謝疾患ユニットからの論文は、ヒトゲノムデータベースを駆使してメラノコルチン受容体の一つMC3Rが思春期の時期を決める重要な分子であることを特定した重要な研究で、11月3日Natureオンライン版に掲載された。タイトルは「MC3R links nutritional state to childhood growth and the timing of puberty(MC3Rは栄養状態と児童の成長および思春期の時期をつないでいる)」だ。
これまでヒトやマウスの研究からメラノコルチンが、食欲やIGFなどを介して児童の成長に関わることが知られていたが、思春期との関わりは指摘されていなかった。しかし、MC3R遺伝子欠損マウスでは、低栄養により思春期が遅れる人間のケースとの類似が見られることから、このグループはMC3Rが思春期のタイミングに関わる分子ではないかとあたりをつけ、UKバイオバンクの20万人にも及ぶエクソーム解析結果を調べ、0.8%、すなわち十分統計的に調べられる1000人近い人がMC3Rの機能異常変異を持つことを突き止める。
そして、この人たちが身長や座高が低いだけでなく、初経や声変わりなど思春期が4.7ヶ月遅れることを突き止める。そして、試験管内で検出できるそれぞれのMC3R機能異常の程度が、思春期時期の遅れと比例することを示している。
また、試験管内の実験では強い異常がなくても、例えばUKバイオバンク50万人のうち5万人に見られるコモンバリアントでも、思春期の遅れや低身長が統計的に相関することまで確かめている。さらに他のデータベースを調べ、新しい変異の存在を特定し、それぞれの変異が少しづつ異なる形質を示すことを明らかにしている。
これほど大きなデータベースがあると、当然ホモ変異個体を発見することができる。発見された2人のホモ変異では、期待通り思春期は大幅に遅れている。とはいえ、結婚して子供もできているので、性成熟には影響がない。驚くことに、身長が低く痩せ型のヘテロ個体と異なり、ホモ個体は強い肥満が認められる。
最後に、MC3Rを発現する視床下部細胞で調べ、これまで指摘されていたように、性腺刺激を刺激するホルモン分泌神経に発現していることを確認している。
以上、レプチン・メラノコルチンという代謝と脳をつなぐシステムが、MC3Rを介して性腺刺激ホルモンと視床下部で結合することで、思春期の開始と栄養代謝が結合していること、そして栄養が改善すると、体格とともに思春期が早まるという統計学的結果の分子メカニズがよく理解できた。
とはいえ、思春期の遅れない多型の存在など、まだまだ複雑な回路を示唆しており、MC3Rの機能をさらに解析することの重要性もよくわかった。
論文を読み終わって、UKバイオバンクの威力のすごさをつくづく認識した。