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11月20日 腹が減っても頭が働くわけ(11月5日 Neuron オンライン掲載論文)

2021年11月20日
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脳細胞は眠っているときにも働いており、働いていると言うことは常に細胞内外のイオン量が興奮により変化していることを意味する。当然そのままでは、神経興奮ができなくなるので、ATPエネルギーで駆動されるNa/K ATPaseを用いてイオン勾配を元に戻している。この結果、脳のエネルギー消費量は、身体全体の25−50%にも達しており、逆に言うと摂取エネルギーが低下すると、脳機能が維持できなくなる。

もちろん飢餓が続くと、脳の活動が低下するが、野生動物は常に短期的な飢餓を経験しながら生きている。従って、短期的な飢餓で脳の機能が低下しても、ハンティングができるだけの脳機能を維持する必要がある。

今日紹介する英国エジンバラ大学からの論文は短期の飢餓による消費エネルギー低下を脳細胞がいかに克服しているかを、オーソドックスな電気生理学的手法で調べた研究で、11月5日Neuronにオンライン掲載された。タイトルは「Neocortex saves energy by reducing coding precision during food scarcity(新皮質は餌が少ないときコーディングの正確さを低下させてエネルギーを節約する)」だ。

この研究では、2-3週間で体重が15%程度減るような食事制限を行い(自分でやるとしたら大変だが)、基本的には視覚野のAMPA型グルタミン酸受容体の活動変化を電気生理学的に見ている。

この程度の食事制限を行って、脳のATP消費量を様々な方法で測ると、 3割程度ATP消費が落ち、その結果神経細胞の興奮電流は平均で低下する。驚くことに、このようにエネルギー利用に合わせて、脳細胞の興奮レベルは低下しているにもかかわらず、神経自体の興奮回数はほとんど低下しておらず、活動が保たれていることを発見した。

後は、この理由を皮質視覚野のAMPA型神経細胞の電気生理学を行って、この変化の生理学的基盤を探っている。実験は極めてオーソドックスな電気生理学で、神経細胞のチャンネルについても、生理学で習ったホジキンハックスレーモデルが出てきて、学生時代は生理学が苦手だったなと懐かしい気持ちで読んだ。

脱線してしまったが、詳細を省いて結果をまとめると、利用できるATPが減ると、神経細胞自体の何らかの変化により、シナプスに存在するAMPA型受容体チャンネルのコンダクタンス(イオンの通りやすさ)が低下する。これにより、神経細胞の興奮が抑えられるのだが、これと同時に、入力抵抗が上昇し、少ないシナプスからの刺激で興奮しやすくなると同時に、膜の脱分極レベルが高まり、これも小さな刺激で興奮を起こりやすくしている。

すなわち、AMPA受容体で、チャンネルの反応自体は低下していても、反応自体の閾値が変化し興奮が起こりやすくすることで、興奮回数が低下しないようにしている。その結果、行動学的に見ると、視覚認識の精度は低下するが、感覚レベルは維持できるという結果だ。たとえ話で言えば、どれが上等の獲物かの判断は鈍るが、餌にはアタックできるといった感じだ。

この研究では、この変化がAMPA受容体の数などの変化ではないこと以外、この変化のメカニズムについては調べていない。ただ、この変化が特定の代謝物の変化によるのではなく、食欲を抑えるレプチンが低下することに起因しており、レプチンを注射することで、このような神経変化が正常化することを示している。

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