元々高齢者では不眠に悩む人が多いが、アルツハイマー病認知症では初期段階から不眠を訴える頻度が高くなることが知られている。一方、眠りは脳内の記憶の整理に必要なだけでなく、覚醒時に脳内にたまった老廃物を脳外へ排出する役目も担っていることが知られている。すなわち、眠りが妨げられると、アミロイドがさらに蓄積しやすくなり、悪循環に陥る。このようにアルツハイマー病でなぜ眠りが妨げられるのか、そのメカニズムを解明することは、この病気の治療にとって重要な課題と言える。
今日紹介するテキサス・ベーラー大学からの論文は、アミロイドが蓄積し始めると覚醒や睡眠状態を調節する視床毛様体核の回路が機能的に変化を来し、睡眠を妨げること、またこの回路を回復させることでアミロイド蓄積の進行を止められることを、マウスモデルを用いて示した研究で、11月3日号Science Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Restoring activity in the thalamic reticular nucleus improves sleep architecture and reduces Aβ accumulation in mice(視床毛様体核の活動を回復させることで睡眠が正常化しアミロイドβ(Aβ)の蓄積を抑えることができる)」だ。
この研究では遺伝的に蓄積しやすいAβ遺伝子を持つトランスジェニックマウス(APマウスと略す)を用いて行動を調べ、 APマウスでは睡眠が断片化し、REM睡眠は正常だが、Slow Wabe Sleepと呼ばれる深い睡眠で見られる脳波が低下していることを確認する。また、これらの異常は海馬や皮質でのAβ蓄積量とも相関する。
すなわち、海馬でのAβ蓄積により、睡眠を調節する視床の機能的変化が起こる可能性が示唆された。そこで、Fos遺伝子の発現を用いて視床神経の興奮状態を調べると、視床毛様体核(TRN)の抑制性神経の活動が低下していることを突き止めている。一方、海馬や皮質と異なり、神経細胞の変性は見られない。
この結果は、Aβ蓄積によりTRN抑制性神経の興奮が低下することが睡眠異常の原因ではないかと考えられる。そこで静脈注射できる薬剤(CNO)でTRN抑制性神経(GABA神経)興奮を選択的に誘導できるようにしたマウスを用いてTRN刺激を行うと、Aβ蓄積が始まったマウスのTRN神経興奮が回復し、その結果として睡眠の中断がなくなり、Slow wave睡眠も正常化することを突き止めている。
では、正常睡眠の回復は期待通りAβの蓄積を抑えることができるだろうか。このために、CNOを30日間、毎日投与して正常睡眠を維持する慢性刺激実験を行い、Aβの蓄積を40%程度抑えられることを明らかにしている。
以上の結果は、少なくともマウスモデルで、Aβ蓄積、睡眠障害、Aβ蓄積促進の相乗サイクルを、正常睡眠を回復することで断ち切れる可能性を示唆している。
最後に人間でこのモデルが適用できるか調べるため、様々なステージのアルツハイマー病の剖検例のTRNを調べ、Fosの発現から推察される神経興奮が、ステージと反比例していること、すなわちステージが進むほどTRNの興奮が低下していることを明らかにしている。
マウスモデルとはいえ、睡眠とアルツハイマー病の生理学として面白く読んだ。是非、同じような効果を示す睡眠導入法が開発されることを期待する。