このHPで一度紹介したことがあるが(https://aasj.jp/news/watch/14359)、阪大の仲野さんの大学院時代の先生に当たる北村幸彦先生は、マスト細胞研究をリードした研究者というだけでなく、創意工夫に満ちた実験を着想する力で傑出していた。これらの中で今でも印象に残っているのが、マスト細胞がダニ刺されから守ってくれることを証明した実験で、マスト細胞が皮膚に存在するとほとんど血を吸われることがないことを見事に証明していた。詳細は覚えていないが、このときマスト細胞を移植したホスト細胞の方に特に何か免疫反応を誘導されていたとは思えないので、ともかくマスト細胞が集まればダニから守ってくれるという話ではなかっただろうか(間違っていたら訂正してください)。
そんな北村先生を彷彿とさせる、ダニ刺されを防ぐワクチン開発について述べた論文がイエール大学より11月17日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「mRNA vaccination induces tick resistance and prevents transmission of the Lyme disease agent(mRNAワクチンはダニ刺されへの抵抗力を誘導し、ライム病感染を防ぐ)」だ。
マスト細胞だけでなく、ダニ刺されが繰り返されると、抵抗力が獲得されることは古くから知られていたようだ。また、ダニの唾液の中の分子に対する免疫により、ダニ刺されが減ることも知られていたようだ。とすると、ダニ刺されから守るワクチンも当然考えられる。この可能性を確かめたのがこの研究で、ダニの唾液に含まれるタンパク質19種類を選び、その遺伝子をmRNAとして調整、新型コロナワクチンと同じように、脂肪ナノ粒子にくるんで、ワクチンとして用いている。
このワクチンを1ヶ月間隔で3回注射し、その後でそれぞれの分子に対して抗体価を調べると、抗体が誘導されやすい分子と、誘導が少ない分子に別れるが、T細胞反応も考え、19種類を全部抗原として用いる方法を続けてその後のワクチン効果についての研究を行っている。
このように免役したモルモットの皮膚にダニを置いて血液を吸わせると、免役した群では18時間ぐらいから紅斑が現れてくる。時間経過から考えると、抗体による2型アレルギーより、細胞性免疫による反応が強いように思える。
ただ、紅斑が出るだけではない。血液が吸えるとダニは何日も皮膚に居続けるが、免役したモルモットでは皮膚から早く離れてしまう。
圧巻はダニが媒介するライム病菌の感染実験で、感染ダニを3匹皮膚において、3週間目のライム病菌の感染を調べると、コントロールでは60%が感染しているのに、免役した方では0%という結果だった。
メカニズムに関しては、ダニ刺され局所での炎症反応が高まっていることが示されただけなので、さらに実用化を目指すとすると、ダニ刺されだけでなく、ライム病感染防御も含めた詳しいメカニズムを詰めた上で、さらに有効な抗原を選んだワクチンに仕上がる必要があるように思う。
しかし、免疫により虫刺されを防ぎ、昆虫を媒介とする感染症を防げるという可能性の検証としては面白いチャレンジだと思う。