少なくとも我が国では、人間を守るために生活環境をできる限り無菌的にする方向に向かっている。除菌からダニの吸引まで、多くのコマーシャルが日常にあふれていることを見ると、一般家庭レベルでも、清潔な環境を目指す努力が払われている。今回新型コロナ禍は、この努力をさらに加速させただろう。
しかし、清潔であることの副作用も存在する。例えば、アトピーの発生率と石けんの使用量は正比例しているそうだ。今では、赤ちゃんを清潔にと、ゴシゴシ洗うことの問題は広く理解されている。特に私たちと環境をつなぐ腸内細菌叢の研究が進んで、一定の“不潔”が体内に存在することの意義が示されている。
今日紹介するロックフェラー大学からの論文は、日本人の腸から消失した寄生虫も私たちを守ることがあることを示した研究で11月11日号Cellに掲載された。タイトルは「Enteric pathogens induce tissue tolerance and prevent neuronal loss from subsequent infections(腸管の病原体は次の感染に対する組織寛容を誘導し神経喪失を防ぐ)」だ。
正直言って、論文としてはゴチャゴチャして、高いレベルとは思えない。ただ、実験の発想は面白い。
サルモネラの感染は、腸内の神経を傷害して、蠕動異常を誘導してしまうが、このグループは、サルモネラから細胞内での増殖に関わる分子をノックアウトして、病原性をなくすと、今度は次の感染から神経障害を守ること、そして筋肉叢に存在するマクロファージのアルギナーゼArg1が、次の感染から神経を守っていることを突き止めている。
ただ、病原性をエンジニアしたサルモネラの話はここまでで、あとはStrongyloides venezulenesis(Sv)と呼ばれる糞線虫を前もって投与すると、やはり筋層マクロファージのArg1発現などを介して、サルモネラ感染による神経障害を抑えることを確認した後、この過程のより詳しいメカニズムを解析している。
長い話を短くすると、糞線虫が感染すると、このとき自然免疫系を介してCD4T細胞が誘導される。このTh2型免疫反応は、マスト細胞や好中球を局所に誘導して、糞線虫の除去を図るが、このとき同時に筋層のマクロファージを活性化して神経保護作用を発揮する。
ではどの細胞が直接の神経保護作用に関わっているか調べると、T細胞から誘導されるIL-5により好酸球が局所に誘導され、この好酸球が分泌するIL-4やIL-13により、Arg1陽性マクロファージが筋層にリクルートされることが、神経保護作用の背景にあることを明らかにしている。この反応は全て寄生虫への免疫反応なので、この免疫反応が病原菌に対する神経保護作用を準備しているという話になる。
また、この効果は何ヶ月も維持されるが、これは最初のTh2型免疫反応により、骨髄での血液産生が好酸球を多く作るようにリプログラムされ、さらに腸局所の環境が好酸球のさらなる活性化を誘導するようリプログラムされるからだと結論している。
メカニズム解析としては以上が全てだが、この論文で面白かったのは、実験動物として管理されていないペットショップからのネズミを調べようと着想し、実際購入してSPFマウスと比べた実験で、ペットショップのネズミでは、寄生虫などに対する好酸球/IL-4/IL-13型の免疫が維持されており、その結果病原菌感染による神経喪失が完全に防がれていることを示している。
人間でも同じことが言えるなら、現代人からこの機能は完全に失せたことになる。とすると、人為的清潔を求めて、さらにさらに清潔を徹底させ、ひいては世界をSPF化しようとしているのが、文明かもしれない。