少し内容が古くなったかもしれないが、このHPに言語誕生についての研究をまとめた覚え書きを掲載している(https://aasj.jp/news/lifescience-current/10954)。チョムスキーの最新研究から始めた後、言語を使うときの統語と、道具を使って仕事をするときの頭の中でのプランニングに関わる脳回路が共通している可能性についてもまとめておいた。この記事で、この可能性を示す証拠として挙げたのは、1)1年ぐらいでようやく意味のわかる単語の並びを話すようになるのと同じで、生後18ヶ月まで、道具とおもちゃの区別はできないこと。2)脳卒中で失語症が発症してしまう患者さんの中には、同時に道具の使い方がわからなくなる「失行症」を併発することがあること。の2点だった。
ただ、これらの研究は実際の脳回路特定までには至っていなかった。
今日紹介するフランス、リヨン神経科学研究センターからの論文は、機能MRI(fMRI)を用いて言語と道具使用の共通性に迫った面白い研究で、11月12日号Scienceに掲載された。タイトルは「Tool use and language share syntactic processes and neural patterns in the basal ganglia(道具使用と言語は統語プロセスと基底核の神経活動パターンを共有している)」だ。
この研究では、道具と言語について、2つの複雑な課題を設定している。まず言語だが、複雑な内容を単純な構文を組みあわせるだけ(CC)、主語の説明に関係代名詞を使う構文(SRC)、そして主語を目的格として説明するため関係代名詞を使う構文(ORC)を作っている。英語の例が出ているので引用すると「The writer admires the poet and writes the paper」(CC), 「The writer that admires poet writes the paper」(SRV)、「The writer that the poet admires writes the paper」(ORC)。これらの構文が正しく理解されるか調べると、少なくともフランス語の場合ORCが最も難しく、判断に時間がかかり、また失敗率も高い。
次に道具使用だが、長いピンセットを使ってボードに指してあるピンを抜いて、他の決められた場所に移動させるという課題を行っている。
この2種類の課題を行っているときに、機能的MRI(fMRI)で脳の活動を比べると、言語の統語を処理しているときと、道具を使うプランを構想しているときの基底核、特に淡蒼球の脳の活動パターンが類似していることを明らかにしている。さらに面白いことに、道具使用プランの際の脳活動と最も一致するのが、理解が難しいORC構文を処理しているときであることも示している。
普通の研究は、脳活動の共通性を特定できると、めでたしで終わるのだが、このグループの発想力はこれでとどまらない。もし同じ回路を使っているとしたら、道具を使う訓練によって、言葉の統語理解が高まる、あるいは逆もあるのではと、機能的実験を行っている。
ピンを決められたところに移すボードゲームを、ピンセットを使って、あるいは道具を使わず手を使って訓練し、先ほどのORC理解度を測定すると、期待通り、道具を使って訓練したときに最も言語構文の理解力が上がる。
また、ORC,SRCそれぞれの構文を何度も聞かせて、理解を早める訓練を行った後、道具を使ったピンを移すボードゲームを行わせると、ORCを理解するよう訓練したときのほうが、SRC理解の訓練より、ゲームのスコアが改善する。
結果は以上で、道具使用の構想過程と、言語の統語過程に同じ脳回路が利用されることを示しただけでなく、機能的にも両過程がオーバーラップしていることを示した、極めて面白い研究だと思う。
最後に一つだけ懸念するのは、私たちが道具を使うとき、言語能力に頼っている可能性がないかだ。ただ、この疑問はトートロジーになって答えるのが難しいので、気にしないでおく。