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12月5日 言語誕生過程を研究できるか(米国アカデミー紀要オンライン版掲載論文)

2019年12月5日
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この2日に母が急死し、今日の葬儀を前に10年間やりとりしたメールを読み返していると、2年ほど前から言葉が崩壊していく様子が、言葉による会話を通してより強く感じられる。自分の言葉もいつか崩壊するのだろうかなどと考えながら、今日も論文紹介しようと朝早く探していると、言語誕生を扱ったライプチヒのトマセロさんのグループの論文が目についたので紹介することにした。タイトルは「Young children spontaneously recreate core properties of language in a new modality (小児には言語の基本性質を異なる方法で自然に作り直す能力がある)」で、米国アカデミー紀要オンライン版に掲載された。

ニカラグアで両親から遺棄されストリートチルドレンとして生活していた聾唖の子供を養育する施設ができ、そこで暮らす子供の数が増えていくにつれて、自然に皆が同じ手話を使うようになったという発見は、言語誕生に関する最も重要な発見として現在もニカラグアの手話として研究されている。ニカラグアの手話だけではなく、聾唖の発生率の高いベドウィンや奄美の村で自然発生した手話も知られており、社会生活に必要な言語を発生させる能力が人間には備わっていることの証拠として考えられてきた。ただ、これらはすべて手話が発生した後の結果を追いかけるもので、最初どのようにその手話が発生するかについては全くわかっていなかった。

これに対し、トマセロさんたちは子供同士に言語を介さない(離れた部屋でビデオモニターを通して相互に全身は観察できるが、音による交流は完全に遮断した状況)で、単語や文を相手に伝える遊びを行わせる中で、その際に生まれてくるジェスチャーによるコミュニケーション手段を詳しく分析するという実験を思いついた。

ニカラグアの言語はずいぶん昔に発見されていたのに、なぜこのような実験ができなかったのか不思議だが、おそらくすでに言語体験を持っている小児を使って実験を行っても、あまり信用されないと思ったのではないだろうか。しかしトマセロさんたちはこんな問題を意に介さず、言語の構造を考えるときに重要なポイントに絞って、子供同士のジェスチャーによるコミュニケーションを分析している。

結論を言ってしまうと、少なくとも6歳になると簡単な文章を伝えるジェスチャーによる言語を新たに作り出す能力があることがわかった。

最初は形態を模したイコンを用いて会話を始めることができる。その後、例えば大きいとか、幾つとか、もう少し抽象的な概念も表現するジェスチャーによって表現するようになる。こうして考案されたジェスチャーは相手にすぐに理解され、一旦それが使われ始まると、今度は相手もそれを使うようになる。また、最初はすべてイコン的ジェスチャーを用いて行われる表現も、徐々にシンボルに置き換えられて、単純なジェスチャーの組み合わせで多くのことを表現できるようになる。この合意が成立すると、今度は複雑な文章を、各要素に区切って(すなわち「大きな」「象」が「いる」といった単語からなる構造)、しかも文法的に表現するようになる。要するに私たちが言語と呼んでいるほとんどの性質が短い間に考案される。とはいえ、対象に選んだドイツ人の子供の頭の中にある文法構造とは全く無関係の構造で、言語体験とは関係なく構造化されると結論している(もちろんもっと検証が必要だと思う)。

最も重要な観察は、イコンを用いた表現を単純なシンボルへと変える力は、その単語を使う頻度で、表現にかかる時間を減らすために、イコンがシンボルへと変わっていく。

他にも、同じ形容詞でも大きさを表す時の方がジェスチャーを区切って表現することなど面白い発見があるが、詳細は省くことにする。

言語誕生についての研究は21世紀の代々の課題だ。是非多くの若者にチャレンジしてほしい分野だ。このホームページでも、言語誕生について少し長い文章を書いて掲載しているので是非何かの参考にしてほしい(https://aasj.jp/news/lifescience-current/10954)。

個人的には、母のメールを分析して、言語能力の崩壊について考えてみたいと考えている。

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