一般メディアではクリスパー/Casシステムを使えば全て遺伝子編集という話になるが、編集というからには切ったり、貼ったり、あるいは必要な配列を挿入したり、自由自在に遺伝子を変化させる必要がある。それに対して、ちょっとハサミを入れるだけで遺伝子編集と思われてしまうので、正確な知識がない人たちは簡単に遺伝子編集という言葉に騙されてしまう。その結果、将来性のないクリスパーを使った技術に投資させられているケースも目にすることがあり、困ったものだと思う。
結局はどんな変異でも治すことができるかが問題になる。1ベースを変化させる(例えばCからTに変える)などは様々なテクノロジーが開発されているが、対象となる変異は半分に満たない。そのため一定の長さを置き換えてしまうのがいいのだが、その技術として現在利用できるhomology directed repairはどうしてもDNAの両端を切ってしまうので、他の場所での変異を引き起こしやすい。
これに対して今日紹介するハーバード大学からの論文はCas9が標的DNA領域の片方に切れ目を入れたあと、それに相補的なRNAをプライマーとしてデザインしたRNAを鋳型に逆転写させることで、望む遺伝子配列を導入する方法の開発で12月5日号のNatureに掲載された。タイトルは「Search-and-replace genome editing without double-strand breaks or donor DNA(探して置き換える2重鎖切断を必要としないゲノム編集)」だ。
要するに遺伝子クローニングを行うとき私たちが試験管内で行う実験を全て細胞の中でやらせようという発想の研究だ。必要なのはCas9に逆転写酵素を結合させたキメラ分子で、これにより標的の場所に切れ目をいれ、そこからRNA鋳型で逆転写させることを狙っている。これに合わせて、ガイドに用いるRNAも、標的DNAと結合する相補的配列、Cas9と結合する配列とともに、切れ目を入れた3‘端のDNAと相補的に結合して逆転写酵素のプライマーとして働くサイトと、編集後の配列を持つRNA鋳型が結合した少し長いRNAが必要になる。
その後ホストのシステムをうまく使って、編集した側のDNA鎖のみが残るように修復が起これば、ある程度の長さを自由自在に編集し直せることになる。
ただ構想はできても、実際のシステムを組み上げるには様々な改良が必要で、レトロウイルス由来逆転写酵素をCas9のC末につけたほうが良いとか、さらには温度耐性、鋳型への親和性、あるいはRNA分解酵素不活化活性などを変化させた19種類の逆転写酵素を作成し、最初編集効率が5%以下だった方法を10%以上に高めている。
次に、ガイド、Cas9結合、プライマー、鋳型の4役をもつRNAも細かく調整している。さらに、最後の修復時に編集した側のDNA鎖が残るように、編集しない方のDNA鎖に切れ目を入れてしまうようなCas9を使って、バージョン3では、ほぼ望む全てのタイプの書き換えを50%近い確率で可能にしている。
本当にDNA編集が近づいてくると言う実感が持てる結果だが、まだまだ様々な問題を抱えており、正常細胞の編集への道のりは簡単ではないだろう。しかし、方法は決定されたので、後は改良あるのみだと思う。当面はES細胞や動物卵での遺伝子編集を目標に開発が進む。
このようにこの分野の進展は早い。一方ほとんどの人はこのスピードについていけない。その結果クリスパーという言葉だけに惑わされて、技術を売り込まれてしまう。この技術は大丈夫かと気になって目利きが必要なら、いつでも相談は受け付ける。