現在大腸癌を始めいくつかの上皮性ガンの分子標的薬として広く利用されているのがEGFに対する抗体だろう。根治は難しくとも、生存期間の延長が可能であることは確認されており、BRAFなどの下流の遺伝子変異が存在する場合の効果は高いことが知られている。
ただこの治療の最大の問題点は、抗体治療を受けている患者さんの多くに皮膚のアトピー様の炎症がおこることで、その結果治療を中止せざるを得ないことも多い。EGFはもちろんケラチノサイトを刺激するので、おそらく炎症性サイトカインの分泌を誘導するのだろうと考えられているが、これがEGF の直接作用か間接作用かなど、その原因ははっきり特定されていない。
今日紹介するウイーン医科大学からの論文はマウスを用いてこのメカニズムに迫った研究で12月11日号のScience Translational Medicineに掲載された。タイトルは「Hair eruption initiates and commensal skin microbiota aggravate adverse events of anti-EGFR therapy (抗EGF受容体抗体治療の皮膚副作用は、毛の生え出しによりトリガーされ、常在細菌により増悪される)」だ。
この研究では皮膚でのEGF機能阻害が最も強く現れるのが新生児期、毛根から最初の毛が現れる(hair eruption)時期であることに着目し、この時期にEGF抑制により起こる組織過程を丹念に調べ、毛根の幹細胞の増殖がEGF 阻害により抑制されることで、毛根から起こる皮膚のバリアー機能の修復不全が起こり、これが最初の炎症の原因となることを突き止める。これは新生児マウスに限らず、大人でも毛を剥がして毛根の再生を促したときに、抗EGF受容体抗体が皮膚の炎症を誘導することを示している。
このようにバリアー機能が壊れることで、緑膿菌のような常在菌が侵入しやすくなり、感染による炎症の増悪が起こるが、決して感染が最初の引き金ではない。あくまでもEGFの機能が抑えられ、バリアー機能が壊れること自体が、ケモカインや炎症物質の局所での発現を誘導し、TH2タイプの炎症がはじまることを確認している。その後感染が始まると、今度はTH17タイプの炎症が加わってくる。
この最初のシグナルがEGFシグナルカスケード抑制であることは、EGF下流のシグナルを遺伝子導入で活性化してやると、この炎症は抑制できることでしめしている。また、EGFの代わりにFGF7 を用いても、炎症を止める効果があることも示している。
最後に、皮膚癌で抗EGF受容体抗体治療している患者さんの皮膚サンプルを調べ、バリアーが壊れているのと同時に、ほぼアトピーと同じようなTH2タイプの炎症が起こっていることを確認している。
以上が結果だが、この研究から、
- 皮膚副作用に対して抗菌剤は2次的感染を抑制する意味で効果がある。
- 皮膚炎症が始まったらFGF7などの局所塗布により炎症を止めることが可能かもしれない。
- 一方、病像がアトピーに酷似しているので、アトピーをEGF塗布により治療することができるかも知れない。
という2つの重要なメッセージが得られているような気がする。驚くほどの研究とは思えないが、地道にしかも臨床に役立つ情報が得られたと言える。