全ゲノムレベルで病気と相関する遺伝子多型を調べるGWAS研究は、最近新たなブームを迎えている。もちろんこの分野の歴史は長く、2000年を境に多くの論文が発表され、疾患ゲノム研究として第一次ブームを作った。このブームが再燃した最大の理由は、ゲノム検査を受けた人の数が飛躍的に増大し、疾患ゲノムもこれまでより1桁も2桁も違う数の対象を使って行うことができるようになったからだ。このおかげで、多くの遺伝子が複雑に絡まる病気のゲノムもより高い精度でわかるようになってきた。この典型が統合失調症やうつ病などの精神障害だ。
今日紹介するハーバード大学を中心とするコンソーシアムからの論文は、全部で23万人を超す8種類の精神障害のゲノム検査データから、各障害の共通性を調べた論文で12月12日号のCellに掲載された。タイトルは「Genomic Relationships, Novel Loci, and Pleiotropic Mechanisms across Eight Psychiatric Disorders (8種類の精神障害をまたぐゲノムの関連性、新しい相関領域、そして多面的メカニズム)」だ。これまでも精神障害のゲノム研究は行われていたが、最も大きな調査は3万人規模だった。今回は、統合失調症、双極性障害、うつ病、自閉症スペクトラム(ADS)、注意力欠損/多動(AHD)、強迫神経症、神経性無食欲症、そしてトゥレット症候群の8種類のゲノムデータを集め、それぞれの疾患と相関が認められ多型について、疾患同士で共通性がないかを確かめている。結果は膨大なので、私が面白いと思った点を箇条書きにまとめることにした。
- それぞれの疾患と強く相関を示す多型が136種類特定できるが、このうち101種類の遺伝子は複数の精神障害共通に相関が見られた。
- ゲノムの関連性から各障害の関連性を見ると、統合失調症と双極性障害の間、強迫神経症と神経性無食欲症のあいだ、そしてうつ病とADS、ADHDの間で強い関連が認められた。
- 相関するゲノムから、それぞれの障害は脅迫的行動障害、ムード障害、そして発生障害に分けられる。
- このモデルで見ると、うつ病はムード障害型と、発生障害型の異なる2種類の型に分けることができる。
- 全ての障害と相関する多型としてネトリン受容体DCCが特定された。この分子は神経伸長に関わる最も重要な分子。
- 疾患により逆の働きを示す遺伝子多型が特定され、双極性障害とうつ病が違うモーメントを持つ病気であることがわかった。
- 神経発生に関わる遺伝子の多型が障害発症に多く関わっている。
- 多くの障害と相関する多型が存在する遺伝子のほぼ全ては神経細胞、特に前頭皮質、前頭前野皮質に発現がみられる。
- 一つの障害に強く相関する遺伝子の多くは、遺伝子発現の時期が強く制限されているが、多くの障害と相関する多面的遺伝子の発現は生涯にわたって発現するものが多い。
などなどだ。それぞれの障害同士の関連など、なるほどと思うことも多く、遺伝子の種類も100種類程度なので、興味のある人は一つ一つの遺伝子を眺めながら、それぞれの障害を考えることで、いろんなヒントが得られるのではないだろうか。しかし、ゲノム検査の数だけでなく、多くの情報処理技術が開発されたことも、現在のブームを生み出していることがよくわかった。